EP8 June, 2025 ~花術を学ぶ意味~

 私たちに向けられている批判を解消する方法、不安を払拭する術はある。

 ただそれは諸刃の剣でもある……いや何よりも諸悪の根源である雨小衣と交渉する必要がある。それでも生徒会長の座を失えば惨劇を阻止する悲願は潰える。

 ここ数日のレティの選挙活動を観察する限り主体性が見られない。つまり生徒会に対する批判一辺倒で、この渦巻く不安感を払拭する為にどうするかの具体的な発言内容がない。

 それで仮に私を蹴り落として生徒会長の座を掴んだとしても、結末は想像に容易い。


(まだ秋元友紀奈の主張の方が腑に落ちる。それでもレティと同じ結末を辿ると思うけれど)

「基本原則として花術の発動媒体として、媒花結晶石CFC=Catalyst Floral Crystalliteを使用します。八系統の花術個々に存在し、種類としては数百種類にも及びます」


 今日は六限目の最後の授業が花術科目、私は窓際の席で雲影の一片すらない碧色の空を眺める。

 初歩的な内容――と言うのは当然の話で、二〇二五年時点で花術と言う技術の確立自体がまだ一年にも満たない。それに花術を学ぶ教育機関も全世界でここ華丘島にある三学園、私立カルミア女学園と私立華丘山吹女学校、あと私立聖ル・リアン女学院しか存在しない。

 なぜ女性に限定されているのかと言えば、現時点2025では効率的な花術適性を持つ者が女性のみだから。まあ数年後には男性でも十分な花術適性を有する者が一定数存在する事が判明し、華丘島の対岸にある小島を半人工島として造成しそこに共学校が開校される訳だけれども。

 で何故、華丘島とその周辺海域に花術が限定されているのか? そもそも花力の発生源である源花が華丘島にしか自生していないため。


(まあ数十年後には技術革新で、世界中の何処でも花術を扱える様になる訳だけれども。まあそれはまた別のお話ね)

「ただ花術には適性があり、誰でも扱える訳ではありません。ES科の皆さんはその適性を認められた訳ですが……個々人の花術適性の優劣は花力個体蓄積量FIAに比例します」


 教師の言葉にはひとつ誤りがある。

 一応、花術と言う技術自体は非適正者であっても発動可能ではある。ただ非適正者は花力を体内に蓄積が出来ず、そのため発動の為に大気中の花力を強制的に体内に吸収する必要があってその段階で強烈な拒否反応が発生、花術の発動=一定の代償が伴う。その代償は吸収する花力量に比例はするものの最悪の場合は死に至る可能性もある。

 なので基本原則として花術は適正者=花術師フロリストのみに限定されている。ちなみに適正者の中でも花術の連続発動回数や花力を大量消費する高等花術を発動できるか否かを判断する指標が存在し、それが教師の言葉にあるFIA=フィアだ。

 これは特殊な測定装置を用いて、視覚的に判断出来る様に数値化される。


「では実際に花術を試して貰います……遠苑さん、花術補助端末FADを持って前に来て下さい」

「……へっ。あっ、はい分かりました」


 普通に油断していた。そもそも最後部に位置する窓際の席の生徒を指名しないでよ。


「そこの机からあそこの机に花瓶を移動させて下さい」


 なんとも初歩的な実技内容と言うか……まあ先生側も未知の技術過ぎて苦労しているのね。

 手渡されたのは蒲公英タンポポのCFC、物体移動が行える初級支援花術インセプター・メリウスのモトゥスを発動できる。私はCFCを手持ちのFADのカートリッジに装填する。


「物体が移動している場面を想像イメージして発動して下さいね」

「ええ、こんな初歩の初歩、もし失敗したら恥ずかしさの余り泳いで実家に飛び帰りますよ」


 ただまあ簡単な花術ではあるものの、意外と物体の移動制御に技術を要する花術なのは間違いない。想像が非常に重要で、余所事を考えて集中力が切れると失敗し易い。

 花瓶がゆっくりと宙に浮き机から机に移動する。教室中が感嘆の声に溢れると思っていると誰一人も声を発さない……よく考えたら入学から二ヶ月、既に花術に慣れても当然の時期か。

 終業のチャイムが教室内に鳴り響く。


「席に戻って大丈夫よ。次回は実用的な内容で、二人一組で実技訓練をしてもらいます」


 どうも私には先生が言葉を選んで話している様に見える。

 それも当然と言えば当然で――そもそも花術を学ぶ本質的な意味は、花術の技術発展と軍事転用化が主な目的であって、私たちに実戦訓練をさせたい意図がある。

 その意図を誰が持っているのか……ざっくばらんに言えば日本国政府だ。表面上に漏れ出てないだけで、華丘島にある三学園の運営費の大部分が補助金と言う名の税金で賄われている。

 なので私たち生徒は軍事目的の実験台モルモット、それを悟られない為に教職者も言葉を選ぶ必要がある訳ね。まあ一番矢面に立たされる先生の心労を想像すると労いの言葉を贈りたい。


「春妃、妙案を思い付いたわ」

「まあ真面目に選挙活動して盛り返せる状況とは思えないしな。役員会議を開くか?」

「いえ、まず春妃の意見を仰ぎたいわ。だから放課後に時間を頂戴」

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