EP6 June, 2025 ~最悪は二度訪れる~

 瞼が重い……全身が軋む様に神経が悲鳴を上げている。

 まるで永い夢から目覚めた様な虚ろな意識の覚醒、夢現と言うべきか思考が鮮明じゃない。


「ここ、は……どこ……?」


 視界に映るのは白色の天井、柔らかな日差しが瞳に射し込み反射的に瞼を閉じる。

 身体が異常に重くて起き上がる力を絞れないけれども、心電図モニターの様な甲高い短信音が鳴り続けている点からして、恐らく病院だろうとはそこはかとなく想像が出来る。


(命拾い……神様を信じない私でも、今回は感謝するべきね)


 ただ重要なのはどの程度の時間を眠りに費やしたのか、今日が何月何日なのかと言うこと。


「お~い、涼花~。今日も生きてるか~」

「春……妃、生きて、るわよ」

「えっ? お、おい眼、眼が覚めたのか!? ちょ、ちょっと待ってくれ。看護師呼ぶ」


 春妃が身を乗り出して枕横に置かれたナースコールのボタンを押す。

 数十秒で看護師が駆け付けて来て、数分も経たずに白衣を纏った医師が姿を現す。ペンライトの光を瞳孔に射して、次に血圧や脈拍などを簡易検査される。


「まあ、とりあえず一安心ですね。精密検査もあるのであと少し入院の必要はありますが」

「具体的に何日程度かかりますかね?」

「何日と言う明確な回答は出来かねますが、ひとまず一週間以内と言うことで」

「そうですか……まあ仕方ないか。だそうだ、涼花」

「そう……先生、ありがとうございます」

「少し呂律が気になりますが、会話が出来る状態を鑑みれば深刻な状況は脱しましたね。では失礼します」


 無理は禁物と言うこと、入院の必要性があるのなら致し方ない。

 それに花力個体蓄積量FIAも限界に近い以上、今は休息を十分に取り次に備える必要もある。

 それよりも……今から春妃に質問攻めをしないとならない。と言うのは春妃も心構えていて、ベッドサイドの椅子に足を組んで腰掛けている。


「春妃、今日は何月何日?」

「六月八日だな。だから丸々一週間眠り続けていた訳だ」

「……そう、それは最悪な事ね」

「まあ……そうだな。明日が生徒会選挙の告示だ」

「だから最悪なのよ……最悪の状況の中で、最悪な展開。まあいつものことかしら」

「だな。万年運が悪いお前らしいよ」


 恐らく学園内での私も含めた生徒会役員の立ち位置は非常に厳しい可能性がある。

 間違いなく先の羽乃坂事件が影響して、劣勢な状況下で生徒会選挙に挑まなければならないのは間違いない。でもそれは前回も同様の話であって、辛勝ではあるものの僅差で勝利を掴み取っている。

 だから今回も前回も状況が同様なら問題はないはず。


「大友優菜はどうなったの?」

「既に公表済みだが、まあ生きている……と言う表現が適切なのか……植物状態の診断だそうだ。意識が戻る可能性も僅かながらあるそうだが、脳死の判断も有り得る」

「生物学上まだ生きている……なら前回よりプラスに捉えるべきかしら」

「そうは言ってもなぁ。厄介な奴がしゃしゃり出てきてな」

「厄介な奴ってレティのこと? それは前回も同じでしょ?」


 レティとは仏国フランスからの留学生で、本名はレティシア・フルール=シュヴァリエのこと。

 私が中学時代に短期間ながらも留学した際に、何故か私を毎度毎度追い回した挙げ句に目の敵にして嫌がらせを続けてきた陰湿で高飛車で傲慢な女。

 ただレティの選挙妨害は前回も同様で、対処策を熟知している以上脅威にならないはず。


「いや……どうもきな臭くてな。前回と違って異様に支持が傾いているんだよ。理解できなくもないが、ここまで影響力あったか? って程にな。普通に敗戦濃厚な雰囲気だ」

「どうしてよ? だって攻撃材料は羽乃坂事件による生徒会の初動対応ぐらいでしょ? それだって春妃のことだからリカバリーは万全だろうし、状況的に前回と変わらないでしょ?」

「まあ……色々と厄介事があってな……。あと玲菲リーフェイに探らせているが、どうも裏で誰かが噛んでいる」

「……それは初展開ね。十中八九、雨小衣かしら?」

「どうも雨小衣の動向から見て、その線は薄そうだ。山吹以外、となれば――」

「千華流ってこと!? 有り得る筈ないわ」

「とは思うんだけどなぁ。もちろん千華流ではなくて、ル・リアンの過激派の線もある」


 華丘島の東地域にある私立聖ル・リアン女学院の高等部生徒会長、冷泉千華流のこと。

 旧知の間柄で親友同士、何よりも時間跳躍タイムリープの際に私の為に命を賭してくれた。そんな千華流が私を裏切るメリットは? 到底考えられない。

 そして春妃が可能性のひとつとして上げた過激派とは、ル・リアンの好戦的な左派集団で日和見主義的な千華流に不満を抱いている。


「何れにしてもだ。お前が不在な影響で生徒会も内部崩壊の兆しが見え始めている」

「春妃の口振りからして、生徒会役員ってだけで風当たりが強そうだし、モチベーションも厳しそうね」

「致し方ない部分もあるが、お前が退院するまでは私が粘る。任せておけ」

「最初から心配してないわ。もう何年一緒に居るのよ、私たち」

「ははっ、そうだったな。じゃあ帰るよ。フルーツゼリー、冷蔵庫に入れてるからな。あと普通に治療してたら時間が掛かるだろ? 治癒促進用の媒花結晶石をこっそり持ってきた。ある程度花力が戻ったら使っておけよ」

「ええ、ありがと。……待って春妃、あとひとつ。あのフーデッドコートの女も並行して調査を続けてくれるかしら?」

「分かってる。私も見つけ出して、一発顔面をぶん殴らないと気が済まないしな」


 そう憤りを見せて春妃は病室の扉を開く、そして去り際に一言言い残す。


「ああそうだ。後でナディヤ達が見舞いに来るそうだ。頑張れよ」

「それは勘弁ね……二度も三度も目覚めたばかりでハード過ぎるわよ」

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