EP1 April, 2045 ~決意のかたち~

 車窓から澄み渡る碧色の空を仰ぐ、雲影の一片すら浮かばない空は清々しい。

 港湾に接する太平洋の大海原から潮風が運ばれて、呼吸の度に潮の香りが鼻孔を擽ると焦燥感に迫られる心が多少ながらでも和らぐ。


 ここ小笠原諸島群に属する華丘島は、島面積の大部分が埋め立て造成により開発された半人工島であり、都市型人工島の中では世界最大級でもある。

 華丘島を管轄する東京都華丘市は、ここ二十数年と言う期間で学術都市と観光都市の両面で発展を遂げており、政府や民間を問わず数多の研究施設、そして複数の教育機関、世界有数規模の複合型商業施設まで存在する。

 そんな場所で私は振り返れば二十年以上の歳月を過ごしている。

 でも別に華丘島が第二の故郷だとかで好き好んでいる訳ではなくて、此処でしか果たせない悲願の為、私は島の西部にあるあざみ区に本拠地を置く新日本中央技研と言う企業で『悲願の為の装置』の開発に人生を捧げている。


「ここで構わないわ。運動に少し歩くから」

「会議は六十七分後の午後一時です。指定場所で、待機します」


 完全自動運転レベル5を制御する人工知能AIの無機質な音声が車内に響くと後部座席が開く。

 地面を踏み締める。燦々と降り注ぐ陽光の眩しさに小手をかざしながら歩き始める。華丘島の中心部、さくら区へと繋がる羽乃坂の中腹に華丘メモリアルパークと言う霊園墓地がある。そこが私の今日の目的地。

 晩春の五月、本州なら肌寒さ残る季節だけれども、亜熱帯気候の華丘島は四季を通して温暖なのは過ごしやすいのだけれども、万年運動不足の私にはもう少し涼しい方が嬉しい。

 額に滲む汗を拭いながら入口に到着、出張販売の生花屋が視界に映り立ち寄る。


「いらっしゃいませ!! 何かお探しですか!?」

「え、ええ、まあ……お供え用の花をね」


 生花屋の店員に滅多に見掛けない元気溌剌な接客態度――まあ場所が場所だし陰鬱な態度よりかは全然好印象だけれども。

 何かお探しですかと言う割には、雛揃えが仏花用の品種しか見当たらないけれども……。


「これってダリアですよね?」

「はい!! ダリアの秋桜と言う品種ですね。可愛らしくて私好きです!! 何本ですか?」

「いや貴女の感想は良いとして……まだ買うとは言ってませんが」

「えぇぇ!? 買ってくださいよぉ……今日まだ一本も売れてないのにぃ」 


 生花屋が押し売り販売を始める程に今の世の中は不景気なのかしら……世も末ね。

 でもダリア自体は乃衣のお気に入りだ。この秋桜と言う品種は華やかで綺麗、淡い紫味を帯びた桃色の花弁が可愛らしく魅力的で乃衣が好きそう。

 これも何かの縁か、まあ今日は店員さんを助ける慈善心で買ってあげようか。


「それじゃそれを一本と、後は良い感じに見繕ってくれるかしら」


 と言ったものの、品揃えの中で一番高い秋桜を一本どころか花束にされた。

 秋桜が完売、私が何も突っ込まないのを良い事に一本取られた。お供え用の仏花とは言い難い花束、まるで結婚式の花束みたいな華やかさを放っている。

 別に……乃衣が気に入りそうだから文句は言わないけれども。

 まあ店員さんも喜んでいて悪い気はしない。とりあえず感謝の言葉を述べて、私は花束を抱き抱えながら生花屋を後にする。

 にしてもあの店員の顔――何処かで見覚えがある気がする。気のせいかしら?

 疑問を抱きつつ赤煉瓦の遊歩道を進む。観光客や家族連れが訪れる賑やかな大広場を通り過ぎて、目的地の霊園区画に繋がる楠並木を抜けると太平洋を一望できる場所に到着する。

 そして乃衣の墓前に辿り着くと花束を供えて、膝を崩して手を合わせる。


「確か半年振りかしら? 最近は忙しくてね、ごめん」


 最近の出来事や春妃の話など他愛のない内容を語りかける。

 普段は喋る機会も無いのに、乃衣の前に限っては饒舌になる。


「あれから二十年が経つのね……乃衣、話す時がきたわ」


 さて本題に移る。今日ここを訪れた理由、それは眼前に迫る悲願を報告するため。

 一週間後には私は二十年前の華丘島に時間跳躍タイムリープする。何も冗談ではなくて、私は歳月を費やして限定的ながらも精神と記憶を転送する装置群エーデルワイス・システム=EWSの開発を成し遂げた。

 数度の試験は一定の成功を収めている……と胸を張れれば気楽だけれども、過去の試験内容の全てが一週間程度前までの跳躍、いよいよ次は遙かに上回る約二十年を遡る。ともなると必然的に不確実性は増す、結果如何では死に至る可能性も十二分に考えられる。

 乃衣の下を訪れたのはその最終試験の被験者が私自身であるから、遺言も兼ねてね。


「乃衣、必ず貴女を救う。だから私の我儘に少し付き合ってくれる?」


 もう時間か……そもそも余命幾許もない私が今更死を恐れる理由もない。

 とにかくこの場所で乃衣と話すのも最後、名残惜しさと同時に必ずや再会を果たすと言う確固たる信念を抱く。

 だから私は『またね』と言う別れの言葉を呟いて立ち去ろうとした瞬間、春疾風が突然に吹き荒び地面を染める程に舞い散る桜の花びらが巻き上がり、私は思わず瞼を瞬間的に閉じる。


「乃衣、なのね? ……ありがとう。必ず救ってみせるわ」


 重度の不安が見せる幻覚だろうか、間違いなく乃衣が眼前に現れて私は手を伸ばす。

 彼女は笑みを浮かべて佇んでいる……そう記憶の限り最後の姿で、二十年前の惨劇が起こる直前の姿、ただ私に微笑みかけて言葉を発するでもなく見詰められている。

 でもそれを幻覚だと私は認識している。それでも一瞬でも手を伸ばすが叶わない――それで良いわ。今一度、乃衣の肌に触れる決心を再確認できた。

 心を苛む重圧や焦燥感が不思議な程にスッと消え去る。

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