第7話 過去の出来事2

初めての手紙は、このお茶会の翌日にマイヨール家に届けられた。


「お嬢様宛にお花とお手紙が届いているのですが、その……送り主がわかりません。」


少し戸惑い気味にアイリーシャ付きの侍女エレノアが、届いた手紙と花束を持ってやってきたのだった。


「まぁ、一体どなたからかしら?」

この時点では、手紙の送り主に全くの心当たりが無かった為、アイリーシャは首を捻った。


「送り主が分からないとなると、もしかしたら嫌がらせの類も考えられますが如何なされましょう?」

「エレノアったら考えすぎよ。嫌がらせで手紙を送る人ならば、こんな素敵な花束を一緒に送らないわ。」


エレノアの手の中にあるその花束は、濃い青紫と白の2色の小花が金色のリボンで結ばれている。

花束をエレノアに持たせたまま、アイリーシャはまず手紙を受け取り開封し中身を確かめたのだった。



〜〜〜


親愛なる アイリーシャ・マイヨール様


まず始めに、名前を名乗れない自分をお許しください。

昨日のあのような諍いで、貴女が心を痛めていないか心配になり筆を取りました。


昨日の、スタイン公爵令嬢を思い遣っての行動大変立派でした。

あの場の空気を変えたきっかけは間違いなく貴女でした。

貴女こそ聡明で優しい素晴らしい御令嬢だと思います。


これから益々、あのような牽制が増えると思うので、貴女も嫌な思いをするかもしれませんが、どうか貴女の御心は、醜い嫉妬に染まらないで欲しい。


私は陰ながら貴女を見守ります。


〜〜〜



手紙には、昨日の茶会での出来事になぞらえて、アイリーシャの事を思いやり、彼女の行動を称賛した内容が書かれていた。

今まで一度もこのような美辞麗句を貰ったことのないアイリーシャは、自分に向けられた言葉に、戸惑いながらも嬉しさを覚えた。


それから、改めて便箋に目を落とすも、差出人に繋がるような情報はやはり何もなかった。しいて言うならば、便箋の紙質が上質な物であるくらいしか手がかりがない。


しかしここで、アイリーシャはある可能性に気づいたのだった。


「エレノア、このお手紙はもしかして、王太子殿下からなのではないかしら。」


この手紙の内容は、昨日のお茶会に居た人物でないと書けないし、そして、お茶会の出席者は、5人の令嬢と、王太子殿下のみである。他の婚約者候補の令嬢が、ライバルであるアイリーシャに対してこのような手紙を送るとは考えにくく、そうなると消去法で王太子殿下しか残らないのだ。


また、名前を明かせないというのも、王太子という立場上、表立って誰か1人に特別な対応を取ることが出来ないからだろう。


そう考えると全てに辻褄が合ってしまった。


「そう言えば…この青紫に白というお花の組み合わせ、昨日のお嬢様のドレスと同じ色ですね。この金色のリボンもお嬢様の、金の髪に合わせてるのではないでしょうか。」

「確かに、そうだわ。私の昨日のドレスと同じ色だわ!」

エレノアのこの発見に、いよいよもって手紙の送り主が王太子殿下である信憑性が増してきた。


「まぁ!お嬢様のドレス姿に見立てた花束を贈るとは、なんて素敵なお心遣いなんでしょう!!」


アイリーシャ本人よりもエレノアの方が感激してしまっているが、アイリーシャ自身も勿論そのお心遣いを嬉しく思い、受け取った花束を抱きしめた。


こうして、四年前のこの日から差出人不明の手紙の交流が始まったのだった。




ある時は、アイリーシャの容姿や服装を褒めてくれた。


またある時は、令嬢同士の諍いに巻き込まれたアイリーシャを労ってくれた。


いつも自分の事を気遣ってくれるこの手紙の送り主に、アイリーシャはどんどん惹かれていった。


そして届いた手紙が10を超える頃には、一方的に手紙を貰うだけではなく、自分も何か反応を返したいと思うようになっていた。


しかし、いくら差出人が王太子殿下だと思っていても、本人が名を明かせないと言っているのだからこちらもそれに従わなくてはならなず、もどかしい思いを抱いたまま何も出来ずに一方的な交流は続いた。



しかし、そんなある日のこと。

いつものように届いた手紙には、こんなことが書かれていたのだった。



〜〜〜


今更ですが、名前も名乗れぬ男から手紙が届くのは怖くは無いでしょうか?

もし、貴女がこの手紙を気味悪く思っているのならば、今後は一切送りません。


もし、このまま手紙を送り続けても良いならば、肯定の意味で赤いリボンを。

これ以上は手紙を受け取れないというならば、否定の意味で青いリボンを。


次の王太子殿下との交流の機会で、身に付けてください。


〜〜〜



勿論、アイリーシャは赤いリボンを身に付けて王太子殿下との交流のお茶会に出席した。


そして今日までの約4年間、手紙の交流が続いたのだった。

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