第6話 過去の出来事1

いつから手紙が届くようになったのか、始まりは良く覚えている。

あれは4年前、アイリーシャが12歳の時に開かれたお茶会での席だった。


王太子殿下とアイリーシャを含めた5人の婚約者候補の令嬢達が、卓を囲み談笑をしていた。

ここ数日暫く続いた長雨の話や、今度の建国祭で行われる劇の演目の話など、当たり障りのない会話で、和やかにお茶会の時間は流れていたのだが、ある令嬢の発言で不意に話の流れがおかしくなっていったのだった。


この国は、元はミューズリーとシュテルンべルグという二つの小国だったのだが、高祖父の時代、今からおよそ100年前に様々な思惑から一つの国に統一されたのだ。

現王室は、旧シュテルンベルグ王家から続く系譜であるが、この国を支える五大公爵家のうち一つはミューズリーの系譜であり、統一した側とされた側、絶妙な均衡を保って今日まで共存し繁栄してきている。


そんな中で、ある御令嬢が不意に火種を発したのだ。


「今でこそミューズリーとシュテルンベルグは一つになって繁栄をしていますが、これは単に現シュテルンベルグ王室のお務めの賜物ですわ。」


建国祭で演じられる劇の演目がこの国が一つに統一された時の出来事をモチーフに作られた人気作であると話している時に、不意にノルモンド公爵家のロクサーヌ様がこのような発言をなされたのだ。


「ロクサーヌ様の仰るとおりですわ。」

「えぇ、私もそう思いますわ。」

王太子殿下の御前でもあったので、王家を讃える彼女の発言に他の令嬢達も肯定を続けた。


そしてそれに気を良くしたロクサーヌは、ある一人の令嬢に目を向けながら、問題の言葉を紡いだのだった。


「ですので、私思いますの。このような素晴らしいシュテルンベルグ王室の血統は守られるべきだと。」


今この場に出席している令嬢で、ミューズリーに所縁があるのは、スタイン公爵家の令嬢アリッサのみである。

ロクサーヌは、暗にアリッサが王太子の婚約者に相応しくないと、口撃したのだった。


実際、シュテルンベルグ所縁の貴族の中には王家の血統はシュテルンベルグの純血で紡ぐべきと主張する派閥も存在していて、ロクサーヌの生家ノルモンド公爵家もその一派だった。


しかし、ここに集められたのは、皇太子殿下の婚約者となりうる聡明さを持った令嬢達であり、ロクサーヌ以外は王室の純血支持者でも無い為、ロクサーヌのこの発言の後に迂闊な発言は出来ないと、皆押し黙り、和やかだったお茶会が一転静まり返ってしまった。



「私の家がミューズリーの所縁だからといって、貶めるのはおやめください。」


数刻の沈黙の後、この場で次の言葉を発言するのは自分しか居ないと察して口撃された側のアリッサが、声を振り絞って異議を申し立てた。


しかし、そんな彼女の勇気もロクサーヌは意に介さなかった。


「貶めてなどおりませんわ。私はただ、シュテルンベルグ王家の血統は守られるべきと言っただけですわ。」

アリッサの異議など予測済みであったロクサーヌは、素知らぬ顔であしらったのだ。

しかし、アリッサも引き下がらなかった。


「ロクサーヌ様の生家ノルモンド公爵家が王家の血統はシュテンルベルグの純血で紡ぐべきと主張されているのは有名ではないですか。そのノルモンド家のロクサーヌ様があのような発言をなさったら、ミューズリー所縁である私に、この場に相応しく無いと言っているようなものですわ。」

「まぁ、アリッサ様は想像力が豊かなのですね。私そのようなことは全く言っていませんのに。こういうのを被害妄想というのかしら。」

二人の応酬は段々と泥沼化してきていたが、どうにもロクサーヌの方が上手であるように感じられた。


アイリーシャはこの時12歳。蝶よ花よと大事に育てられて、政治の生臭い話とは無縁に居た子供だったので、このような応酬を目の当たりにしたのは初めてで、ただ驚いて何も言えないで居た。


それでも、自分より年下のまだ11歳のアリッサが、自分と家の名誉の為に、震えながらも声を振り絞り応対している姿を見て、どうしても慰めの声をかけたくなったのだった。


「アリッサ様は、聡明で素敵な御令嬢ですわ。貴女はこの場所に相応しいお方だわ。お気になさらずお茶会の続きを楽しみましょう?」


沈黙からの不意の救援に、泣きそうだったアリッサの顔に明るさが戻った。


「アイリーシャ様……」

と、アリッサが何かを発しようとしたのに被って、ロクサーヌが再び口を開く。


「まぁ、アイリーシャ様は、ミューズリー側の御令嬢のアリッサ様の方が、私達シュテルンベルグ側よりも優れていると仰るのね。」

ロクサーヌはその矛先を、会話に割って入ってきたアイリーシャに変えてきたのだ。


「そのような事は申してませんわ。ただ私は……」

ロクサーヌのあまりに酷い歪曲解釈に、アイリーシャは思わず狼狽し、しどろもどろになる。

その隙を見逃さずロクサーヌは畳み掛ける。

「あぁ、この場にはミューズリー側の御令嬢はアリッサ様ただ1人だったから、哀れに思って同情からお世辞をおっしゃったのね。アイリーシャ様はなんてお優しい方なんでしょう。」


勿論これはロクサーヌの嫌味だったのだが、アイリーシャは文字通り自分が優しいと褒められたと受け取り、淑女の笑みを持って謝辞を述べたのだった。


「お褒めに預かり光栄です。」

「褒めてないわよ!!」


想定外のアイリーシャの反応に、ロクサーヌは思わず反射的に返答してしまった。


「ふ…ふふふっ…ふふ。」

間髪入れず、ロクサーヌが応じた事がよほど面白かったのか、それまで静観していた令嬢の一人、アストラ公爵家のレスティアが思わず声を出して笑いだした。


王太子は顔色一つ変えず、ただにこやかにこの場を黙って眺めているだけで、この場にいるもう一人の令嬢も、この状況に戸惑ってオドオドしているだけなので、笑っているのはレスティア一人なのだが、遠くに待機してる王太子の側近の人達もどうやら笑いを堪えているようだった。


「アイリーシャ様、貴女、いい。凄くいいわ。」

まだ少し笑いを引きずりながら、レスティアが言った。


「お褒めに預かり、光栄です…?」

アイリーシャは何故自分が褒められるのか分かっていなかったが、とりあえず謝辞を返した。


レスティアは、笑いを収めるとニッコリと笑いながらロクサーヌに向き合い柔らかく話しかけた。

「ロクサーヌ様のお考え分かります。シュテンルベルグ王室の血筋は途絶えさせてはいけませんものね。」


レスティアのこの発言に、ロクサーヌは味方を得たと思ったのか、熱気を帯びて応じた。

「レスティア様もそのように思われますよね?」

「ええ。なので王太子殿下には是非とも素敵な伴侶をみつけて貰わなくてはいけませんよね。我々も、選んでいただけるように、日々努力いたしましょう。」


想定とは異なるレスティアの返答に、ロクサーヌは戸惑った。その隙を見逃さず、レスティアは言葉を続ける。


「王太子殿下こそがシュテルンベルグの正統な血統。王太子殿下の血筋があれば、その伴侶に選ばれた方がミューズリー所縁だろうと、シュテルンベルグ所縁だろうと、関係ないと思いませんこと?

そもそも、我々は王宮の選別を受けてここに居る身です。ということは、この中からなら誰が選ばれても良いというご判断を王家が下しているのですから、我々がそれに口を挟むなんておこがましいですわ。」


にこやかな表情でレスティアは一気に主張を言い切るとベルを鳴らし給仕を呼んだ。

「お茶が冷めてしまいましたわ。皆様に新しいお茶を淹れてくださらないかしら。」

一連の流れに呆気に取られている面々を前に、レスティアが笑顔で宣言する。


「さぁ、お茶会を仕切り直しましょうか。」

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