第4話 令嬢、当て馬であったと自覚する4
「王太子殿下とは公式に設けられた場所以外での交流はありませんでした。
ですが……」
ここで一旦言葉を区切る。
一呼吸置いて、アイリーシャはその先のこの話の核心に触れた。
「王太子殿下とお会いした後、毎回では無いのですが、匿名の手紙が花束と共に届いたのです。」
その発言に、わずかにミハイルが動いたような気がしたが、アイリーシャは気にせず言葉を続ける。
「送り主の署名こそ無かったものの、その手紙に書かれる内容が、その場に居た人しか知り得ないような事でしたしたので、それが、王太子殿下のお心なのだと思っておりました。手紙の内容は私の事を励ましたり、褒めてくださったりと、いつも私を気遣ってくださる内容でした。」
話の内容に驚いたのか、窓の外を見ていたミハイルが、こちらを見た。
あまり表情に出さない人だと噂では聞いていたけれども、目の前に居る彼は今何かに分かりやすく困惑しているし、サロンにいた頃からこちらを気遣って優しげな表情をみせてくれていたので人の噂程当てにならないものはないのだなと、アイリーシャはボンヤリと思った。
「それで……貴女はその手紙が王太子殿下からの特別な物だと思ったのですね?」
ミハイルが確認を続ける。
「はい。これらの手紙は私を慰め、時には勇気づけてくれました。私のことを気遣っていただけてるのだと思い、そのお心遣いに惹かれておりました。」
言葉にして思い返すと、再び胸が締め付けられ苦しくなった。
しかし、アイリーシャは目に涙を浮かべながらも自分の胸の前で両手を組み、ぐっと堪えた。
「貴女のお話では、王太子殿下自身と言うより、その……手紙の送り主に親愛の情を募らせていたように聞こえましたが……」
返す言葉が直ぐに出てこなかったのか、少しの沈黙の後、言いにくそうにミハイルが切り出した。
その言い回し方に少し不自然さを感じたが、アイリーシャはなんとなくミハイルの意図を察して返答をする。
「そうですわね。私は王太子殿下自身ではなく、手紙に王太子殿下の幻影を見ていたのだと思います。自分に都合の良い理想像を作り上げてしまっていたんですわ。」
そう言って、アイリーシャは強がって微笑んでみせるも、ミハイルは難い表情を崩さないでこちらを見ている。
何かを言いたそうにしている気がするが、彼から次の言葉が出てこない。
なんとなく、気まずい空気が馬車の中に広まりそうな気配を感じて、アイリーシャは仕方なく一連の振り返りで思い至ったある結論を口にしたのだった。
「今だからこそこのような考えに思い至ったのですが、私だけが特別だった訳ではなく、王太子殿下はお優しく平等なお方だから、候補者の令嬢皆様にもお手紙を出していたんだと思います。そう考えると物凄く腑に落ちますもの。」
ふぅ、と一つ息を吐いてから、アイリーシャは続けた。
「あぁ、どうして私だけ特別だなんて考えてしまったのだろう。なんと、おこがましいことか。」
そこまで言うと、アイリーシャは頭を振りかぶって、自身の愚かさを嘆いてみせた。
「いや、アイリーシャ様は何も悪くない。決して何も悪くないです。あの手紙がそこまで貴女の心を揺さぶり、結果辛い思いをさせてしまうなんて。」
自分を卑下するような言葉を口にしたアイリーシャに対し、黙っていたミハイルは慌てて慰めの言葉を紡いだが、構わずアイリーシャは話を続けた。
「もしかしたら、私以外の他の御令嬢も同じような辛い思いをしているのではないでしょうか。私はミハイル様にお話しすることで、冷静になり、自分が特別じゃない事に気づけましたが、まだ辛い想いを抱えたままの御令嬢もきっと居るに違いないわ。」
「それは心配しなくても大丈夫だと思います。」
アイリーシャは自分のこの考えに自信があった為、間髪入れずのミハイルに否定されて目を丸くして驚いた。
「え?ミハイル様どうしてですの?」
「あっ……いや……。アイリーシャ様はお優しいのですね、他の御令嬢までご心配なさるなんて。」
何かを言い淀んだ後、優しい笑みを作ってミハイルは答えた。
今は、何も言わない方が良いだろうと考え、彼は大事なことは飲み込んだのだ。
ミハイルの不思議な反応に、アイリーシャは内心首を傾げたが、笑みを張り付けて黙ってこちらを見ている彼の様子から、口外できない何かがあるのだろうと察して話題を変えた。
「これで、ミハイル様の質問に対しての答えになったでしょうか?」
「十分です。言いにくいであろう事も、正直に話してくださり有難うございました。」
そして、会話はここで終了した。
馬車はあと少しでアイリーシャの自宅であるマイヨール侯爵邸に到着する所まで来ていた。
ほんの少しの残された時間が、沈黙したまま過ぎていく。
***
程なくしてマイヨール侯爵邸に到着した。
敷地内であっても夜分で暗くて危険だからと玄関まで送ろうミハイルが申し出たが、ここからは使用人が居るから大丈夫だとアイリーシャはそれを固辞した。
現に、馬車の音に気付いた侍女が明かりを持ってこちらにやって来るのが見えたので、ミハイルの付き添いはここまでとなった。
「ミハイル様にこのようなお手を煩わせてしまってしまって申し訳ございません。このお礼は後日必ず致します。」
感謝してもしきれない程なのだが、今出来る精一杯の謝意として、アイリーシャは深々と頭を下げて、謝辞を述べた。
「頭を上げてください。貴女が、早く元気になれる事を心より願っています。今日はどうか、ゆっくり休んで下さい。」
少し微笑みながら、ミハイルはアイリーシャを労る言葉を返した。
真っ直ぐにアイリーシャと向き合うミハイルの目は、優しく彼女を見つめていたのだった。
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