文官そろばん総決算

 昭和二十年閏十二月、即ち今は無き西暦に直して1946年1月。2月10日までを「閏十二月」と定めた昭和二十年のロスタイムはあっという間に過ぎ去ろうとしていた。何せ、やることが多すぎた。アメリカ合衆国に多数存在する戦争犯罪者の追捕をはじめ、植民地地域の解放手続き、戦勝国としての権利の履行、国際的な組織を創設する際の国際法、挙げ句の果てには皇民化教育の残滓とも言える各地の日本語学校――何せ、日本語は国際公用語となったのだから――の建立の手助けなど、多種多様に仕事が存在し、文人役人の中には「軍人さんも手伝ってくれ」と発言してしこたま上役から説教を食らったというダメ役人も存在していた。

 まあ、そもそも東京市の組織で国家運営をしようとしているレベルと言えば察しの付く方も多いかも知れないが、とにかく日本中の役人という役人をかき集めても足りない人手は、意外な結末を以て副産物と共に収束し始めることとなる。その、意外な結末とは……。

「……本気、ですかい」

「悪いことには、ならんと思うが」

「しかし……」

「しかし、なんだ。このまま第二第三の集団過労死者を造ろうというのか」

「……畏まりました、どうなっても知りませんからな!?」

 ……事実上の、日本軍支配地域からの、秀才に対する短期限定の日本人公務員公募である。なお、期間が終わった後には、彼らは正当推進連盟の職員への道が開けていた。何せ、インド人の算術をはじめ、人材を多国籍に求めればいくらでも人材は存在した。

 何せ、まだまだコンピューターよりも人力計算の方が確実に速い時代である、タイピストが文字を打つよりも書く方が早いかもしれない時代である(和文タイプは、英文タイプに比べて相当遅い速度でしか無かった)、それぞれの得意分野に特化した仕事を始めた彼らの中には、日本語が母語でないにも拘わらず、普通のダメ役人よりも効率的に、尚且つ正確に、そして手早く仕事を終える者すら存在していた……。

 皮肉なことに、この制度によって以後、得意分野を生かすという意味において障碍者就労支援の制度が進むのだから、世の中何が起こるかわからんもんである。

 話を、昭和二十年閏十二月、即ち「最後のロスタイム」に戻すとしよう。そもそも、なぜドイツ人が日本語を公用語とすることに強く反対しなかったのか。それは意外にも、皇民化教育により日本語話者が非常に多く産出し得たことと、そして日本語は「話すだけ」であれば欧州言語や震旦言語よりも遙かに平易で簡潔である、という利点が存在していた。……まあ無論、漢字や音訓など、様々な不足は存在したのだが、皇民化教育によって出てきた問題点は、今後の教育制度のブラッシュアップに使われることを考えたら決してそれは無駄では無かった、否、有意義な者出会ったと言えるだろう。

 そして、なんと……。

「……えーっと、本当か、それは」

「はい、これで安心して年を越せると確信致します」

「……死者は出ていないだろうな?」

「……一応、倒れた者の脈は取りましたが、生きております」

「ならばよし! ……かくいう私も、少々疲れた」

「偶然ですね、私もです」

 ……なんと、大日本帝国は戦争犯罪者の追捕、国際組織の創立、植民地支配からの解放など、大規模で今しかやれない仕事の大部分を片付けることに成功した! ……皮肉なことに、戦後のこの作業振り分けの方が、戦争期間中の兵士の振り分けよりもよほど効率的かつ適材適所を行えたという調査結果すら存在する。その辺りは度し難いが、皇族主導の結果、士気が戦後も尚戦時中に引き続き高揚を持続できたから、かもしれない。

 そして、要所要所に出てきた二人の人物も、遂に倒れた。……一応、脈を取って動いていたことと、泥のように眠り高いびきを掻いていたので、恐らく生きているのだろう。その人物の名は、まだ知られることは無い。

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