世界首都ゲルマニア

 1946年1月1日、"世界首都"ゲルマニアは"総統大本営"にてアドルフ・ヒトラーはドイツ第三帝国総統として最後の仕事を行っていた。退職後の職場も決まっていた彼は、60にも届こうという年齢にも関わらず精力的な活動を見せていた。最早無きエングリシア語に喩えるならばいわゆる「A-type」というやつである。

 それも無理からぬことで、この「世界首都」を自称するドイツ第三帝国首都、ゲルマニアは彼自身の設計によるものであり、また彼自身、あくまでも成りたい職業というものは今でも芸術家であり、政治家他はあくまでも生活の糧を稼ぐものに過ぎないと思っていたらしく、ゆえに所望した職も「正当推進連盟」の中でも閑職であろう「啓蒙芸術研究所」などという、支部の中のさらに支部とでも言うべき、半ばヒトラーのためだけに設けられた楽隠居組織であったというのだから、彼は本来野心の人ではなかったのだろう、というのが下馬評であった。

「フューラー、バチカンの解体作業、完了いたしました。しかし、本当に良かったのですか?」

 あるSS高官が親衛隊の主、即ちアドルフ・ヒトラーに対して任務の疑念を投げかけた。無理もあるまい、彼らの任務はバチカンの解体、即ちカトリック教会の解散を行うための「手続き」を完遂することであったのだから。無論、彼らとて白人種である以上、キリスト教徒である。ゆえに自己矛盾に陥る隊員もいたほどで、かろうじて「任務である」という名目の下眼前の光景を黙殺していたのだから。それに対して、ヒトラーは事もなげにこう返答した。

「なにがだ」

「このままでは、キリスト教は完全に非合法となります。民衆の動揺は隠せないと思われますが……」

 民衆の動揺は隠せない、というSS高官(そして、その「民衆」には彼も含まれていた)に対して、ヒトラーはある哲学書の一節を引用した。

「『神は死んだGott ist tot.』」

「……まさか」

「『私が殺したのだIch habe ihn getötet.』」

 ……それは、ドイツ史上最高峰にして哲学の根幹である「前提を疑う」という思考法に於いては今後不世出の哲人、ニーチェが記した哲学書であった。……題名は、あまりにも有名なので記す意味も薄いが、ヒトラーは現世において喧嘩別れしたニーチェとワーグナーの思想を傍目八目の立場で巧みにつなげ合わせるだけの教養を、いつの間にか身につけていた。――それがたとえ牽強付会であったとしても。

「……フューラー、貴方という人は……」

 複雑な感情が入り交じり、若干の憤怒を以て眼前の主を睨付けようとして、慌てて顔を下に向けるSS高官。親衛隊員といえど、人間である。不承不承の命令や到底承服しかねる命令も、中には存在していた。だが、そのSS高官に対して彼は晴れやかな顔で、こう告げた。

「何も、人が生きる意味というものは宗教だけではあるまい。それに……」

「それに?」

「いつまでも、神様頼みで居ては、神も疲れようて。ここらで一つ、最早神の被造物であるという"甘え"は捨てねばならん時だ」

 それは、紛れもなきヒューマニズムの真骨頂であった。よく、「人道主義」と誤訳されやすい「ヒューマニズム」だが、元来「ヒューマニズム」とは神の束縛から人間本位の、つまりは何もかもを神の所為にしない、いわば自分に責任を持って思考し、行動するという思想である。ヒトラーは、そういう意味に於いては紛れもなく「ヒューマニスト」であった。

「……フューラー、貴方という人は……」

 今まで巧みに感情をコントロールし、それでも仕切れないほどの憤怒を抱えていたSS高官は呆気にとられて……嘆息した。

 どうやら、「眼前の主ヒトラー」が高位存在と呼ばざるを得ないほどの富があった大資本家の富をたたき壊したのは、世界に「ヒューマニズム」を広めるためであったことを理解したからだ。それが言うことは言うまでも無い、「いつまでも、アシュケナジムなどの資本による世界征服などという陰謀論が蔓延らぬように、ここでその陰謀論の火種資本家を存在ごと爆破殺害し、今後陰謀論が出ない、健全な社会を造ろう」というものである。それは、なぜ眼前の主がユダヤ人を憎むのか、漸く彼らは理解したのだ。

 ……古来より、アシュケナジムは隙間産業による金融業でヨーロッパを牛耳っていた。その有様は、半ば神の如しであった。その"神"を葬ると同時に、ヨーロッパ人は"人間"として責任と共に行動する。ナポレオン戦争から続いていた、癌細胞が漸く社会から摘出された瞬間であった。

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