呂宋沖殲滅戦・会

 前回は合衆国海軍が護衛空母に搭載した新鋭戦闘機や「カナン」基地の戦闘機運用型戦略爆撃機や旧式機が全て昇風によって撃墜されたところまでを話したが、仮にこれがもし戦後完成した烈風が主力機であったらどうだったか考えてみたい。

 そもそも、我々の世界の歴史を詳しく知っている方々ならばご存じだとは思うが、木製飛行機という発想は昇風だけではない、イギリスのモスキート然り(あれは爆撃機だが)、ソビエト連邦のラボーチキン然り、研究さえすれば物理的に強力な機体は世界中にある程度の割合でちらほら存在する。問題は、高温多湿を絵に描いたような日本文明圏の梅雨において、その木製の機体が腐食・変質しかねないことであったが、漆器よりヒントを得た技師が試しに完成した昇風の模型を漆塗りにしてみたところ、高温多湿環境に対して非常に効果的な防御をなしえた上に、金属ではないのでレーダーにも引っかからなければ、漆によって木製であるざらざらとした空気抵抗を滑らかにかわすことにも成功したことにより量産にゴーサインが出せたことが、木製震電とでもいうべき昇風の産声であった。

 無論、烈風もまた戦争に間に合いさえすれば活躍はできただろうが、前衛芸術とクラッシックを比べるようなものであり、優劣というよりは航空機の開発する方向性の違いとでもいうべきものであるからして、本来ならば何をどうこう言うべきではないが、確かに烈風相手では、というより金属アルミ製の航空機相手では近接信管もきちんと作動したことを考慮すれば、烈風とヘルキャットが戦った際に、烈風の方が残存したとしても近接信管は対烈風用の残敵掃討として大いに役立っただろう。

 まあ、それを言い出したら合衆国海軍がなぜヘルキャットを作ったかを考えればわかる通り、あれはゼロ戦相手のための戦闘機である。上位版である烈風にはそもそも対応のしようがないのだ。それに、ハンデ戦として自身は烈風に搭乗した際に、数が違うとしても昇風に乗った生徒相手に結構な神経を使うと語った航空学校の教官もいるくらいなのだ、その本来ならば諸外国の場合航空学校の教官として後方勤務させる技量を持ったベテランが乗った昇風が、いかにミッドウェーあたりから生き残ったと換算しても合衆国海軍のベテラン基準をクリアした程度のパイロットが乗るヘルキャットを撃墜するのは、それこそ泣く子を騙すよりも簡単であった。

 そして、合衆国海軍もあることに気づいた。そもそも、昇風は戦闘機用の航空機であり、性能だけを考慮すれば戦闘爆撃機にもできるレベルとはいえ、そもそも昇風は後代世界初のマルチロール機体として運用されることとなった晴天と違い、爆撃機として運用することを設計上考慮されていない。どこの誰が言い出したかは定かではないが、「戦闘機は戦闘には貢献するが、戦争には貢献しえない」。その合言葉をムリヤリ合理化するために思い返し、合衆国軍は昇風への対処を諦めた。別に敵は昇風だけではなく、ほかにも飛来しつつあるという情報もある、それに対して残存する対空兵器を使えばいい、何もそれにすら近接信管や対空ミサイルが役に立たないわけではあるまい……。そう自己を納得させて、彼らは昇風に対してあえての無視を決め込んだ。

 だが、その代償はすぐ彼らの命を以て支払われることとなる。なんと、昇風は対空砲の届く範囲へ挑発するかのように飛来し、上陸兵員をはじめとした物資を満載した輸送船団に対して銃撃を開始したからだ!

 駆逐艦ですら、型式級代によっては戦闘機の銃弾を防御できないレベルの装甲しか施していないものもあるくらいなのだ、輸送船団ごときがそれを防ぐなどということは、はなっから設計思想として考慮されていなかった。第一、対空砲の届く位置に敵機が飛来しているのだ、それを迎撃しないのは利敵行為とすら言える。慌てふためきながらも、合衆国軍は昇風に対して急ぎ対空戦闘を開始した。だが……ここで合衆国が対空砲の信管を時限信管や衝撃信管などを時代遅れとみなして近接信管のみに一本化して生産していたことが仇となった。時限信管、あるいは衝撃信管だったならば、まだ昇風に対してでもある程度の効果は期待できただろう。何せ時限信管の場合は時間が来たら炸裂するし、衝撃信管である場合は当たれば炸裂するのだ、それならば現状存在する近接信管と違い、最低限「炸裂」させることができる。しかし、彼らの装備する対空砲の砲弾は新進気鋭の近接信管のみで埋められていた。何せ、機関銃弾にすら一部は近接信管やくたたずが施されていたほどなのだ。それが何を意味するのかは、言うまでもない……。

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