呂宋沖殲滅戦・大三
「昇風」が合衆国軍の機体相手に命を対価とした「教育を施し」て暫くした頃である。次に現場へ到着したのは正規の三種編成である攻撃部隊ではなく、後詰として用意されていたはずの特殊部隊がその持ちうるあまりの速度を運用した結果本隊を追い越してしまったらしく、先に戦場についてしまっていた。すなわち、彼達は護衛機の存在を欠いたまま戦場に突入した。通常ならそれは合衆国に撃墜スコアを計上させるだけだっただろう。しかし、その特殊部隊を撃墜するはずの合衆国が誇る戦闘機部隊はもはや存在していなかった。その戦闘機部隊はすべて昇風によって殺されていた。
余裕綽々というより、敵の戦闘機が一機も上がってこなかった特殊部隊は少しの疑念を感じたが、だからといって特にやることに変更点はなかったので作戦を開始した。彼達の任務はただ一つ、持っている兵器でサン・ファン型対空巡洋艦を初めとした対空用艦艇を撃沈せしめることだった。現場にある対空巡洋艦はおよそ30隻少々、対する「特殊部隊」は200機。作戦は「想定通り」順調に進んだ。一方で合衆国軍の様子は最早「動揺」でもなければ「狂乱」ですらもない。「絶望」であった。当然だろう、護衛空母から上がった戦闘機は一瞬にして蒸発し、騒動を聞きつけた本来なら爆撃に使うはずの大陸から飛んできた、爆弾の代わりに機関銃弾をありったけ積んだ戦闘機運用型の戦略爆撃機も悉く撃墜された。そして最早、彼らには迎撃戦闘を行う装備もなければ、神々に祈るための十字を切る暇すら存在しなかった……。
合衆国軍はこの時点で撤退を決断すべきであった。この状況においての上陸作戦など、机上の空論どころか、ただの画餅以外の何物でもなかったからだ。しかし、決断すべき
斯くて、ハワイから暗号名「カナン」基地を経由した合衆国陸海軍は「ただの一人たりとも」大地を踏むことなく
……本来ならここで筆を一度置くべきなのだろうが、しかしもし許されるのならば合衆国軍の最期について、もう少し筆を重ねて見たいと思う。
日本軍の「圧倒的空襲」に対して合衆国軍はあまりにも非力だと言えた。無理もあるまい、日本軍は、というよりは高松宮は合衆国に対してこの新兵器を日本軍にしては異例の周到さで、それこそ軍艦大和を隠すかのごとく隠蔽して研究していたからだ。故に、合衆国軍は当初飛来した飛行機を飛行機だと思わなかった。否、飛行機ではあろうが敵軍だと思っていなかったといったほうが正しいか。
そしてそれは、航空機と呼ぶにはあまりにいびつな形であった。我々の世界で言うところの「震電」が最も似通った形態であるその航空機は、あまりにも軽量(仮に撃墜されたとしても生存率向上のために水に浮くことすらも想定した木製)で、頑健(エンテ型の飛行機がたとえ逆ガルなどの工夫を施したとしても通常形態の飛行機よりも航空力学的に頑健なのは言うまでも無い)で、あまりにも強力(この当時の技術力といえども木製な上に漆塗装を行っているためレーダーに引っかからない)だった。それは正しく殺戮機械だった。
今一度記述するが、昇風は漆塗りの木材を主原料としていた。漆塗りであるが故にレーダーの電波を吸着して反射することなく、その材料は木材故に日本にとって調達や量産があまりにも容易であった。更に言えば、木材でありながら漆を幾重にも塗り重ね、ジュラルミンよりもはるかに軽量かつ堅牢かつ頑健であった。何せ、試験的に鹵獲した近接信管を昇風に向けて発射してみたが信管が作動しなかったという実験記録すら残っているのだ。
故に……合衆国軍が日本軍抹殺を期待した近接信管並びに対空ミサイルは全く作動しなかった。機械の故障かと思い連発したが、直撃弾以外は……否、直撃弾すらも日本軍の航空機を撃墜し得なかった。
少なくとも、「昇風」相手には。
昇風に対して過剰に撃ち尽くした結果、後に飛来する敵機に対して合衆国軍は有効な攻撃手段を為し得なかった。
彼らにとって、眼前の光景は悪夢と言っても何ら差し支えない現象であった。近接信管は作動せず、対空ミサイルも役に立たない。なおかつ直撃しても木材特有の柔軟さと内部炸薬の不発によって重量的な衝突力以外の攻撃を加えることは不可能であった。烈風であったなら、否、従来のようにジュラルミンで出来た航空機であればまだ撃墜は可能であったかもしれない。あるいは、近接信管ではなく遅延信管であれば、時間が来たら爆発するだけなのでまだ昇風を撃墜できる可能性もあっただろう。しかし、昇風は震電と似た系統の形状である上に、更に言えば材料(なにせ木製である)や発動機の関係上、一部に於いては震電すら上回る性能を持つ航空機であった。言うまでもなく、ヘルキャットやシコルスキー、そして近接信管など昇風にとっては正しい意味で役不足でしかなかった。
ましてや、暗号符牒「カナン」の簡易飛行場より飛来する戦闘機運用型の戦略爆撃機やワイルドキャットなどの旧式機程度、お話にすらならなかった。それはもはや戦闘ではなく殺戮であった……。
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