呂宋沖殲滅戦・打起こし

 ヘルキャットは、本来彼らの言う「ゼロ・ファイター」、つまりはゼロ戦を撃墜するためだけに研究の末制作された航空機である。それは、想定していた烈風相手であっても同様にベアキャットなる航空機を制作中であったことからもわかる通りで、つまるところ日本軍機の癖を衝いたはずの航空機であった。少なくとも、合衆国軍の判断はそれで間違いではなく、それは一応のところ客観的事実であった。――だが、今回はそれが完全に仇となった。ヘルキャットは昇風相手には苦戦どころか、大惨敗するしかなかった。何せ、最初に迎撃として上空に出た機体の内、実に200機以上、割合に直して8割以上が「溶けた」のである。

 「撃墜」でもなく「墜落」でもなく「爆散」ですらない。「溶けた」のである。厳密にいえば「血煙になった」「蒸発した」とでもいうべきか。

 その光景を見た合衆国軍将兵は錯乱した。当然だ、それがすべてではないとしてもものの数秒で味方の8割以上もの戦力が一瞬にして空に溶ければ誰だって錯乱する。

 しかし、残りの迎撃機は逃げなかった。それは軍人としては正しい行動であったが、人間としてはどう考えても愚劣極まりない行動であった。案の定、彼らも同じ運命を辿った。数百機ものヘルキャットを一瞬で「血煙」にした制空隊は自身の二十分の一以下まで減った相手であっても決して手抜きなどしなかった。そして、その光景を見た合衆国軍の航空隊指揮官である提督は驚愕ではなく激怒し、がなり立てるようにさらなる迎撃部隊を空に上げた。だが、それは日本海軍航空隊にとって「お代わりが来た」程度にしか過ぎなかった……。

 当初、合衆国将兵は戦闘が始まってすぐに終わったのを見て「勝った」と思ったという。無理もあるまい、彼らは昇風という日本軍の戦闘機を知らなかったのだから。確かにゼロ戦相手ならば三倍の相手でもヘルキャットは勝てる。少なくともカタログ・データ上は。だったら楽観視してもいいだろう。しかし、相手はゼロ戦ところかベアキャット制作目標の仮想敵である烈風ですらなかった。たった今味方を絶滅させた完全な新型機。それが制空隊の正体であった。

 ――そして、「呂宋沖殲滅戦」はこれから始まるのであった……。

 まず制空部隊は付近に存在する日本軍機以外の、すなわち自身以外のすべての航空機を撃墜。そこには当然ながらマッカーサーの搭乗していた改造旅客機も含まれている。……そして、初手から総司令官を抹殺された合衆国軍の末路は悲惨であった。

 ヘルキャットやコルセアだけではなく、本来ならば敵艦攻撃が目的であるドーントレスや、新鋭攻撃機アヴェンジャーまで迎撃のため上空に出したが、そもそもヘルキャットやコルセアがものの数秒で微塵と消えたのに、何故に爆撃機や攻撃機で対処できるだろうか?かくて、漆塗り木製レシプロ機「昇風」は一機も脱落することなく、味方の攻撃部隊が突入するまでの護衛も兼ねた形で上空に留まり続けた。さらに、彼達は暇を持て余したのか、対空巡洋艦などが来る前に比較的小型で装甲も薄い輸送船団を次々に銃撃し始めた。対空巡洋艦が近づいた頃には、狙われた輸送船団はほぼ海の藻屑となっている有様であった。

 ……そして、続いて到着した日本軍機の攻撃が始まった……。

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