呂宋沖殲滅戦・弦調べ

 チャック・イェーガーを初めとしたその技量によって生き残った、もはや数少なき合衆国軍の第一次攻撃部隊員は、運良く帝国海軍迎撃部隊の攻撃を逃れつつあった。そう、そのはずだった。しかし、彼らエース・パイロットが生き残ったのは、先に戦死した合衆国軍機に比べて、僅か数分程度の命冥加を得たに過ぎないことが、今から明らかになる……。


「くっ、日本機ヴァンパイアー多数!!」

 彼らは一応、エース・パイロットと認定されたパイロットのみで編成されたはずの特別な護衛部隊であった。そう、少なくともそのはずだった。彼ら第一次攻撃部隊員の護衛要員は第二次攻撃部隊が到着するまでに敵の迎撃隊を撃墜し、第二次攻撃部隊が帰還する際に帰還するように想定されており、イェーガーもそれを心得ていた。がゆえに、同じくエース・パイロットであるはずの僚機が動揺している様を見て、それらしくないなと思いながらたしなめた。だが。

「案ずるな、俺たちを撃墜できる輩など向こうには……」

「うわあっ、助けてくれぇっ!!」

「こちらアベンジャー隊、戦闘機部隊の援軍を乞う! 繰り返す、援軍を乞う!」

 ……彼らを迎撃した航空機は、非常に奇妙な形をしており、更に言えばそれはヘルキャットにせよ、コルセアにせよ、非常なる大敵であった。

「な、なんだと?!」

 チャック・イェーガーは死ぬまで、と言ってもそれは残り数秒後にしか過ぎなかったが、その死の寸前まで見た眼前の光景を生涯信じることが出来なかった。……紙飛行機ともライターとも揶揄されていたはずの日本軍機が、攻撃を受けたであろうにもかかわらず火どころか煙すら噴かなかったからだ。イェーガーの装備している機体は零戦の弱点をこれでもかと研究したヘルキャット、更には僚機の中には新鋭機のコルセアまで存在していたが、逆に彼らの方が次々に火を噴き墜落していく有様であった。

 これこそが高松宮の考案した百選技法のたたき出した最高の戦果と言っても、まず差し支えなかった。

 そして高松宮が行ったのは百選技法だけではなかった。彼は、軽度空冷の重戦闘機に的を絞って密かに新型戦闘機を開発していた。その、機体が今宙を舞い合衆国軍の機体を粉々に打ち砕いている。……後に開発される世界初の統一戦闘機マルチロールである「晴天」の原型ともいうべき艦上戦闘機「昇風」のデビュー戦でもあった。

 当初、烈風の開発に統一化されても尚難航している現状を察知した高松宮は自力で図面を制作し、烈風関係者以外の手の空いている技術者にその案を依頼、烈風との競作に持ち込んだ。結果、その航空機を完成までこぎ着けたのは三菱や中島などのノウハウを持ち独自の工場を所有する企業ではなかった。川崎や川西すら抑えた、その企業は九州に存在した。姫路に存在するある地方財閥の資金投資あってのものであったが、九州の八幡製鉄所にいた手の空いている技術者を率いて作られた結果できあがったそれは、何と木製の航空機であった。

 では、そもそもなぜ木製の機体が完成にまで持って来得たのだろうか? 確かに彼らは素人であった。だが、素人であるが故に「航空機とはジュラルミンでできるもの」という前提すらも取っ払うことに成功した。では、本来ならばボーキサイトから出来上がるであろう航空機を木製で作り上げることのできた鍵は何であるか。それは、漆塗り技法であった。圧縮した材木のモノコック製法を基に、それだけでは本朝では湿気などのため変形してしまうが、それを素早く漆を塗って変形を防ぎ、同時にレーダーに反応しない奇跡の翼ができあがったのだ。

 結果、それを作り上げることに成功した運の良い(なんと、その会社は当初より重工業を担っていたわけですらなかった)、ノウハウすらなかったはずの製造所、後の「衛藤製作所」はその功績により一気に老舗を追い抜き海軍の航空機を一手に担う結果となった。……そして、その結晶が先程紹介した「昇風」、すなわち今合衆国海軍の戦闘機を害虫のように撃墜している新型機であった。

 実際の処、この「昇風」自体はカタログ・データとしてはそこまで強いものではない。しかし「昇風」がなしえた最大の特徴は兵器に最も重要である「信頼性」であった。「昇風」は何せ素人集団であるはずの会社が作り出すことに成功した、すなわち作るにあたって特に何のコツもいらない、形状こそ特徴的なものの設計図としては航空力学をそのまま再現しただけの、工夫に乏しい作りであった。だが、職人の手癖に頼る必要性のない、その学徒や女工でも作ることのできたその作りは、非常に安定した戦力を発揮した。すなわちそれは、どのような町工場でも作ることができる簡便性と要所以外は木製モノコック仕様で作れる材料の調達の容易さ、更には低質の石油でも稼働し、尚且つ操縦性が抜群というまさに今の戦況に即したものであった。

 歴戦の航空兵は当初その奇怪な形ではあるが、その実形状以外の工夫をしていない作りをいぶかしんだものの、乗ってみてこの航空機は強いと確信したらしい。新兵の類いについては言うまでもなく好評、さらには整備士からの評判も整備に何の手間もいらないと上々であった。

 ……むしろ、そんな新型戦闘機を相手にさせられた合衆国航空隊こそ、噛ませ犬という他無い状態であった。だが、「呂宋沖殲滅戦」は航空部隊の殲滅で終わるわけがなかった。むしろ、これからが本当の地獄であった……。

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