決号作戦・前話

 昭和十九年八月十五日、呂宋フィリピン近海に於いて連合艦隊は太平洋艦隊をおびき寄せるための露骨な作戦行動を開始した。露骨と言っても別に合衆国軍が日常茶飯事の如く行っているような捕虜や日系人に対する計画的虐殺ホロコーストなどではなく、単に無防備に見せかけた輸送船団、その内訳は仮装巡洋艦であった、を行き来させたり、あるいは一見無意味に見える呂宋国民などに公開した演習を行ったりしているだけなのだが、さすがにこれはフィリピンに利権を持っているロビイストなどには敏感に働いた。斯くて、ニミッツ提督が止めるのも聞かずにその「フィリピン利権者代表」とも言えるマッカーサー将軍が動いた。……大量の艦艇を「道連れ」にして。


 数ヶ月前、柱島にて。

「……本気ですか!?」

「とはいえ、高松宮長官が立てた策だ、無碍にはできん」

「しかし、危険すぎます!万一旗艦が撃沈されたとなると……」

 参謀将校達が侃々諤々の大討論を行っていた。まあ、無理もない。その作戦内容を知っている後世の我々でさえ「よく生きて帰ってきたな、この御仁」と思うくらいなのだ、当時の軍勢を率いていた彼達がどれだけ高松宮の身を案じたか。だが……。

「私は構わないと言ったぞ」

 いけしゃあしゃあと言ってのける高松宮。だが、それは油断慢心による類の発言ではなく、確たる理論によって行われた確信による発言であった。

「我らが構います! 今や長官は帝国が死守すべき最後の希望、それをむざむざこんな作戦の陣頭指揮を執るなど……!」

 ……高松宮自身が率いるという意味に於いて、現場の士気は上がるだろうが何も天皇陛下の弟君である眼前の提督をこんな死地に追いやるのは拙すぎる。代わりの提督などいくらでもいるだろうに! ……だが、この作戦は高松宮が陣頭指揮を執ることに重要な意味があった。

「作戦や艦艇に貴賎なし。いいや、むしろこの作戦は陣頭指揮でなければならない」

「しっ、しかし……!!」

「静かに! ……宣仁」

 高松宮を諱で呼ぶ人物がいた。まだ名を明かすには早いが、彼もまた宮様将校であった。

「誰だ、人のことを諱で呼び捨てる輩は……ああ、貴方ですか」

「必ず、生きて帰ってくること。……それを条件として、許可します。約束、できますね?」

「……いいでしょう。それだけは、約束致します」

 高松宮を諱で呼び捨てる人物、……そしてそれは天皇陛下の弟である高松宮ですら敬語を使う相手とも言えた。後でその提督の名はきちんと描写するが、今は高松宮の眼前に座っている宮様将校はそれだけのことをしても特に違和感のない存在だった。今はそれだけ覚えていていただければ充分である。

「……判りました、では、弟ぎみの出動を許可します」

『!!』

「本気ですか!!」

 斯くて、後代にまで燦々と伝わる伝説の大作戦、「決号作戦」は発動を決議された。

「ええ、ただし、作戦の成否に関わらず、必ず帰ってくること。良いですね?」

「はい」

 そして、高松宮が眼前の宮様将校に呂宋沖の指揮を託して別の戦線に旅立ってから数ヶ月経過した昭和十九年八月二十八日、合衆国軍はしびれを切らしたのか、遂に呂宋へ襲いかかった!!

 だが、その結果は……。

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