呂宋沖殲滅戦(序)

「よかったんですか? 長官」

 問いかけるは山本親雄第一課長。第一課長とは海軍では言うまでも無く作戦課の課長であった。なぜ軍令部の作戦部員が連合艦隊司令長官の事実上の副官を務めているのかは、高松宮独特の人事掌握術であった。無論、そんなことをしなくとも高松宮の号令であると聞けば大抵の軍人は頷くのだろうが、念には念を入れるのはいくさの基本である。

「私に同じ事を二度言わせる気かい?」

 山本の問いかけに答える高松宮。よかったのかという問いはこの後記述するが、それを決定したのはまさしく眼前の「長官」であったのだから、思わず彼も聞いてしまったのだ。

「しかし……」

 なおも食い下がる山本。それに対して一瞥して正面をむき直し高松宮は答えた。

「構わないよ。私は部下の技量で出来る範囲での作戦しか立てないからね」

「しかし、危険すぎます!!」

 彼が何を危惧して眼前の長官上役に反目しているのか。それは、かなり危険な賭けであり、さらに言えばその勝算は決して高いとは言い難かったからだ。が、高松宮の言葉を借りるのならばそれが「部下の技量で出来る範囲での作戦」であった。

「そうはいうが、今下手に攻勢に出るのは拙いと思うけどね」

「我々を侮らないでください! いくらなんでもフィリピンを使うのは……!」

 フィリピンを使う。それは非常に重要な意味を孕んでいた。なぜか。そもそもフィリピン諸島とは合衆国にとって、スペイン王国から奪った旧領であり、また大日本帝国にとってはフィリピンを奪われた場合南方資源地帯の補給が困難になる生命線とも言えた。そんな重要にして危険な地を敢えて使う。無論、それが失敗したら目も当てられない事態になるのは火を見るより明らかである。危険な賭けであった。

 だが、高松宮が見る部下の技量とはそのような危険な賭けに出なければならないほど低いものであり、また同時にその程度の技量の部下だとしても熟せる仕事を積み重ねることにより、いつか行うであろう攻勢作戦の出番に使うことを考えていた。

 そもそも高松宮は、仮に彼らに烈風を与えたとしても使いこなすことは難しい、という目で見ており、無論それは兵器の質が低いことから不足と見てしまうこともあったのだが、彼はそれに対しての策として密かに兵器開発を己の権限で行っていた。その「新兵器」の御目見得は、今少し待つ必要があったのだが。

 ……そして、高松宮が部下に隠している計画はもう一つ存在した。それを語るのは、さすがにまだ早いが次号でそのさわりには触れたいと思う。

「無駄だ。人間のできることには限界がある。なぜ今まで負けたか、お前ならわかるだろう?」

「くっ……!」

 山本親雄は、ほぞをかむほどの思いで苛立った。眼前の「宮様」は単なる神輿の傀儡将軍ではなく、非常に優秀な軍勢指揮官であることを今になって思い知ったこともあるが、そのような優秀な提督を「お飾り」として今まで祀っておいたことへの後悔も、彼が自覚しない深層心理では存在していた。そして、その「傀儡将軍」は少なくとも、簾の向こうで安穏としている人間とは言い難かった。

「まあなんにせよ開戦だ。陸軍がインドに突入するまでが勝負だぞ?」

「……ははっ!」

 そして、作戦は動き出した。その作戦内容とは、何の衒いもなくいってしまえば海戦で釣り野伏せを再現することだった。無論、海上である以上中世のように本当に軍勢を伏せておくわけではなく、敵が来るであろう場所を決め打ちしておいて、一斉に包囲して襲い掛かるという、上空より見て口で説明する分には単純な戦術であり、察しやすいはずのものであったが、それゆえに戦闘としては決まれば非常に効果の高い堅牢な戦術であった。

 近接信管や電探が日本軍に対して決定打として通用しなくなった今現在、合衆国海軍が新たな兵器を考案しているのは明らかであり、圧倒的な科学技術を前にできることは限られていた。それを逆手に取ったのが今回の戦法である。

 そしてそれはそろそろ例の「三段戦法」が通用しなくなっており、また航空隊員の技量も上がってきたこともあっての遅攻戦術というべき仕上がりとなった。

 そして、これは先ほど述べたことであるが、高松宮もまた腹に一物、もとい新兵器を隠し持っていた。その「新兵器」とは、いったい何なのか。

 ……まあ間もなくその正体は、この呂宋沖において明かされることとなるが、その新兵器が強力なものであった最大の証拠としては後世の人間はこの呂宋沖で行われた戦いをこう呼んでいることからも明らかだろう。

 ――「呂宋沖殲滅戦」、と。

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