「エ」号作戦(後)
昭和十九年、新設された統合軍令局にて石原莞爾は高松宮御一新の名の下に現役に復帰した。
「お久しぶりであります、閣下!」
真っ先に石原に声を掛けたのは、堀栄三。史実ではマッカーサー参謀などとも渾名された彼は、この世界線では既に軍の中枢部に入りつつあった。それが高松宮御一新によるものなのは言うまでも無いが、実力があってこそのものであった。
「閣下はよせ、……高松宮提督にほだされたよ。東條の奴とは話は付いたのか?」
ほだされた、との通り石原莞爾は現在の地位に納得して就いたわけではないが、それでも国の危難にやむを得ずといった態度で職務に就いていた。彼は元来、地位や名声というものにしがみつく態度を嫌ったこともあって、自身だけはそうなるまいと固く心に決めていたようだ。
「はっ、高松宮提督より文を預かっております!」
高松宮より文と共に使わされたこの男、実は宮様将校であり、名を竹田宮恒徳王という。彼は敵間諜を欺くために偽名「宮田」として配属されていたが、案外その処遇自体を彼は気に入っていた。
「どれどれ……」
「宛:統合軍令長 発:連合艦隊司令長官
挨拶は抜きにする。東條英機については私と兄上で話し合って「説得」した。
恐らく貴官がこれを読んでいるということは工作に成功したと思って貰って構わない。
これから統合軍令長には本朝であらゆる軍務の上に立つ存在で居て貰う。
汚れ役を押しつけてしまってすまないとは思っているが、貴官以上の適役を見つけられなかった。
お詫びの印と言ってはなんだが、副官に恒徳を付ける。
彼ほどの頭脳の持ち主ならば最低限足手まといにならないと判断した。
いろいろ言いたいことはあるだろうが、それは今度の統合軍令会議で思う存分文句をぶちまけて貰いたい。」
「……本気なんだな、奴さんは。
よぉし、そうなったら文句は二の次、宮田、掘、作戦会議を始めるぞ」
「「ははっ!」」
何を以て「本気」と言うかはさておいて、高松宮は本気で「負けるための戦争」においての軟着陸を目指していた。だが、彼もあくまで下界人である、彼が戦争に加わったことによってこののちに大日本帝国が辿る命運など知る由もなかった……。
そして、石原莞爾がその名の通りの態度を取っている頃、御一新の号令を掛けた「高松宮」が座る旗艦、大和では次の作戦についての会議が行われていた。
会議は紛糾した、何せ、一度侵略軍を叩いた程度で怯む合衆国軍ではない、更に規模を増して二度三度と攻勢を掛けてくるに決まっている。だからこそ、せめて負けるにしてもその勢力を減じさせる必要がある。だが、それにふさわしい決戦場はどこにあるのか。ミッドウェーやハワイまで攻め上って可惜育った戦力を散らすのも拙い、だがこのまま防戦一方では先が見えている。同じ講和会議に持って行くにしても敗勢か劣勢かでだいぶ条件も違ってこよう。
……そして会議の結果、合衆国に「致命的な一撃」を放つまでは防戦に努め、それにより慢心した後方に「致命的な一撃」を放つという、いつもの日本軍のような結果となった。つまりは、ポート・モレスビー占領作戦を戦術ではなく戦略でやろう、ということだ。高松宮は一抹の不安を感じた。もし、この戦略が読まれていれば、折角の立て直しが水泡に帰すからだ。だが、その「致命的な一撃」は誰もが予想し得ない形で実現することとなる。
……まあ、未来のことを騙るのはよそう。それよりも、この会議によって内南洋防衛艦隊もまた編成を変えた。「致命的な一撃」によって敵軍を叩くまで盾の役割を果たす部隊。それが内南洋防衛艦隊の任務であった。……斯くて、ここに逆撃内南洋の舞台は整った。
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