「は」号作戦(中)

「ビルマ戦線を後退させる!?」

「正気でございますか、殿下」

「じゃあ逆に聞こうか。あれ以上、白骨街道を拡張させ続ける気か、貴様等」

 ……昭和十九年六月、マリアナ沖にて防衛作戦を完遂した高松宮長官は、単身陸軍のビルマ攻略司令部に殴り込みに行った。当初、「昭和天皇の弟殿下の視察」と勘違いした陸軍は戦地にも関わらず官官接待の準備をしていたが、高松宮の一言が一瞬で場を緊縮させた。

 「ビルマ戦線を指定日時まで後退させ、敗戦の責任者をつるし上げる」

 それが、高松宮の最初の発言であった。当初、お飾りの宮様将校に過ぎないと侮っていた彼らは、前線維持の苦労を話そうとしていたが、更に高松宮は次のように述べた。

 「貴様等は、それで歩卒を預かる身か。歩卒とは何であった?兄上の赤子せきしなのであろう?それを無駄に浪費するか、貴様等」

 従卒がおろおろとする中、折角修復されつつあった陸海間の仲は、またしても亀裂が走り始めた。とはいえ、彼らも帝国という国体に於いて、皇帝の一族に逆らうことが如何に無為かということは勿論知っており、簾の中の宮様であろうと勘違いし、丸め込みに掛かった。だが、眼前の「宮様」は……断じてお飾りの神輿ではあり得なかった。

「情報は、兄上の情報網を通して全て見抜いておる。何だったら、白骨街道に埋まった戦死者、全て諳んじてみせようか?」

「……畏まりました。して、ビルマを後退させ、如何為さいますか」

「私が、カルカッタを急襲する」

 ……「は」号作戦こと、ポートモレスビー奪還作戦と平行して、彼は「エ」号作戦ことミイトキイナ作戦を独自に立案、更には「オ」号作戦としてカルカッタ急襲を遂に発言した。そもそも、「エ」号作戦は陸軍の管轄下であったのだが、その立案書を見た陸軍関係者は息をのんだ。何せ、全てが的確に指示されていた、簡潔にして明快な作戦内容なのである、そして、どこから入手したのか敵軍の位置までそこには書き加えられていた。

 そして、そこに浮かび上がった答えとは。

「……ディマプール、ですか」

「ああ。ここを占拠するための、カルカッタ急襲だ。案ずるな、カルカッタ急襲は海軍陸戦隊だけでもやらせて貰う。その間に、連中が動揺している貴重な刻限を使い、貴様等はディマプールを占拠せよ。最早、迷っている時間は無いぞ」

『…………ははっ』

 斯くて、日本軍は同時期に三種類の作戦を抱えることになる。それは明らかに日本軍のキャパシティを超えている作戦であったが、それを行わなければ、早晩マリアナ沖の奇蹟が水泡に帰すであろうことも、また明白であった。

 そして、「は」号作戦の日取りが遂に決まった。七月四日、合衆国の独立記念日は、合衆国軍人の血煙で彩られることとなる……。

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