マリアナ沖の奇蹟(前)

 まず、大和の砲弾が捉えたのはアイオワであった。彼女はなんと、初弾命中を成し遂げアイオワを瞬時にこの世から退場させた。一説にはアイオワが沈没した数秒後に轟音が聞こえたという。続いて、彼女の妹である武蔵もまた、姉大和に劣る練度ではなかった。彼女は初弾こそ至近弾だったものの、第二斉射に於いては全ての砲弾が何かしらの敵艦へ命中。ワシントン、ノースカロライナ、ニュージャージーといった敵艦をことごとく大破せしめた。それはまさしく、砲門口径およびまとっている装甲の差がもろに出た戦いであった。そして、アイオワが瞬時に轟沈しワシントン、ノースカロライナ、ニュージャージーが一撃で大破してよろめいている間に、その後ろに居たはずのサウスダコタが突如として大爆発を起こした。なんと、武蔵が放った「至近弾」は水中を少し進んだ後にサウスダコタの弾薬庫近くの装甲を突破、そして少し進んだところで弾薬庫で炸薬に着火したために周囲の火薬諸共大爆発を起こして鉄くずと肉片をばらまいた後、速やかに海中に沈んだ。

 そうこうしているうちに長門以下多数がようやく戦場に追いつき砲撃を開始。最早戦闘能力を失っていたであろうワシントンを撃沈し、次にノースカロライナが総員退艦処分、ニュージャージーは砲撃を開始する前にいつの間にか既に波間に消えていた。

 いきなり、五隻もの戦艦を失った合衆国軍侵略艦隊の最高責任者は気が動転していたのかあるいは通信距離を考えてかあろうことか平文で撤退を海軍部長に進言したが、帰ってきた答えは「本海域からの撤退を禁ずる。翌朝航空機で撃破せよ」であった。だが、その航空隊が無いという状態であり、今一度撤退の意見具申が、今度は暗号文で行われた。

 それに対して、海軍部長は致命的な情報を与えた。上述したように、この海戦では高松宮が大和に座乗し、督戦を行っていた。その情報がもたらされた現地最高責任者は戦闘の継続を命令した。だが、それこそが高松宮が仕掛けた罠であった。


          「かかった。」


 高松宮宣仁親王はそれだけを言って金剛・榛名に背後への包囲を指示、空母護衛を巡洋艦に任せ自身は大和に座上し粛々と指揮を執った。一方の合衆国軍は巡洋艦や駆逐艦を使い必死に突撃を開始したが、そこに待っている物は弾雨であった。比喩ではなく、降る雨の密度で戦艦の副砲から巡洋艦の艦砲、あろうことか駆逐艦に搭載された対空機関銃に至るまで、何から何まで日本軍は発砲した。だが、高松宮の狙いはそこではなかった……。

 そしてその弾雨によってか、あるいはあまりに損害が積み重なったことによるものか、完全に戦意を失った合衆国艦隊は査問会覚悟で遂に退却を決意、ハワイ方面への遁走を開始した。だが、その退却予定航路近辺に金剛型戦艦が率いている別働隊が屯していることに合衆国海軍現地最高責任者が気づいたのは、なんと目視してからであった。「金剛」、「榛名」、そして第一戦隊および第五航空戦隊以外に所属する無数の巡洋艦以下の別働隊は、空母を目指して最大戦速を超えた限界速度で体当たりでもしかねないほどの至近距離まで接近し、発砲。座乗していた最高責任者諸共空母部隊を一瞬で海の藻屑に変えた。この時、高松宮親王は完全に合衆国海軍の裏をかいた。空母は夜は無力であることを逆手に取った完全な奇襲であった。今後大量に建築されるであろう量産空母の夜戦撃沈、並びに即戦力化に特化した訓練法による真珠湾当時までの練度の回復。後に連合軍から「死の沖に降臨したリヴァイアサン」と恐れられる高松宮伝説の始まりであった。

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