彼らは来た(後)

 夜を徹して解析されたマリアナ沖海戦の戦闘詳報を聞いた合衆国軍司令官は憤死しかねない程に嚇怒した。無理もあるまい、何せ彼らのが放った攻撃部隊は本当にこの世から総員退去したのだから。あるいは生きている可能性もあったが、それは僅かであった。戦場における行方不明とは、即ちそういうことである。だが、彼らは撤退を選ばなかった。なぜなら……。

「くそっ、よくも俺の可愛い航空隊員達を!」

 只でさえ白人種特有の赤ら顔を更に赤くして鼻息荒く息巻く合衆国軍の海軍部隊司令官。普段から猛将然としていた彼であったが、今の彼は将に渾名である「猛牛」と言わんばかりの表情をしていた。そして、彼は上司である司令長官が撤退を思案していることも知らずに単独でも敵軍を殺しかねない程の怒りを保っていたが、その怒りを更に焚き付ける情報が舞い込んできた。

「司令官!敵陣に座乗する提督はどうやら聯合艦隊司令長官のようです!」

「……なるほどね、そいつぁいい。なんとしてでもボス猿を叩き潰すぞ!」

 ……そう、彼らは見事に「エサ」にかかった。高松宮自身が座乗していた意味は、ここにも存在した……。


 一方此方は、戦艦大和の夜戦艦橋。さすがに日露戦争のように甲板に立っていることはなかったものの、高松宮はそこにいた。

「……さてさて、どうなるかね」

「殿下、ここは我等が!」

 部下が、否、階級上は上司ですらある将校が必死に高松宮を呼び止める。無理もあるまい、夜戦艦橋は比較的丈夫とはいえ、昼間艦橋に比べて頑丈とは言い難く、更に言えば艦橋とはそもそも狙われやすい場所である、故に頑丈であるのだが、そんな場所に天皇陛下の弟ともあろう方が長いこと居座っていては危険すぎる、彼らはそう言いたかった。だが……。

「殿下はよせ殿下は。せめてこの場では閣下と呼べ」

「では、閣下。

 ここから先は砲撃てっぽう屋の分類です、閣下に死なれては今度こそおしまいです、安全な場所昼戦艦橋へ避難を!」

「そうもいかないだろう、私が居ることで士気が上がるなら、死ねば天命だったということだよ」

 高松宮は、頑として動こうとはしなかった。無論、それは彼が軍事的には只の飾りであることを自覚して動いていたことがあるのだが、彼は最早決して「只の飾り」ではあり得なかった。何せ、彼が行った軍制改革は非常に多岐に亘り、更に言えばそれをなぜ唯々諾々と皆が聞いたかと言えばそれは天皇陛下の弟だからである。無論、彼もそれは判っていたが、彼は総大将が前線に立つという行為がどれだけ将卒を励ますかも、また存じていた。

「しかしっ……!!」

「それより、来るよ。構えて!」

「は、ははっ!!」

 連合軍呼称、「マリアナ沖の悪夢」はまだ始まったばかりであった。作戦開始の昼に投入した全ての航空戦力を失った米軍は高松宮が座乗していることを聞くや電探を装備していたこともあって不得手なはずの夜戦を決意、一方で大日本帝国側も当初の予定通り夜戦体制を整え始めた。期せずして夜戦は同航戦となった。

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