大東亜戦役編

マリアナ沖迎撃作戦

彼らは来た(前)

 マリアナ沖に来襲した圧倒的な合衆国軍を前に、出来ることは限られていた。……少なくとも、本来ならば到底抗し得ない程度の戦力しか帝国海軍はマリアナ沖に割くことは出来なかった。だが、彼らの士気はなおも旺盛であった。なぜならば……。

「何、逆に言えばこれだけの物量を出さねば奴さんは勝つ自信がない、ということだ。お前ら、船を潰すことを考えるな、まずは手足、すなわち飛行機をもげ」

 現場監督こと連合艦隊司令長官に新しく着任した人物は、今上天皇の弟殿下、高松宮宣仁親王であった。彼が先程、軍艦大和の上で発したこの一言こそがこの海戦を最も印象付けているだろう。

 かくて、「マリアナ沖の鴨撃ち」と今でも高らかに笑される、高慢ちきな赤ら顔のアメリカ合衆国海軍太平洋艦隊の顔色が熟れる前の梅のごとき真っ青な色に変わる、大逆転劇は以下の通りである。

 高松宮親王はまず全ての戦闘機を以て直掩機のみを艦隊上空に展開し、その中でもベテラン兵にのみ最前線を任せ、後は四機一組を作り四人で迎撃せよと命じた。一方の合衆国軍は従来より二機一組、所謂サッチ・ウィーブを作って零戦を迎撃していたが、それすらもF6Fヘルキャットの出現によって無用と化していた。

 だが……。


「畜生、何が起こっている!?」

「こいつら、今までのゼロじゃねえぞ!」

「クソッタレ、どれだけ残っている!」


 ……結果、合衆国軍の帰還機は「ゼロ」であった。そう、全てが撃墜されたのだ。新型攻撃機も、零戦撃滅を目的とした新型戦闘機も、全て撃墜された。

 合衆国軍は焦った。規定の時刻になっても自分の飛行機が帰って来ないのだ。いや航法を間違ったんだ、あるいは味方基地に帰還したのではないか、そんな風聞が流れた。とりあえず合衆国軍は第三次攻撃隊を放った。だが、それが終わりの始まりだった……。

 一方、直卒艦隊は合衆国軍の第二次攻撃隊を食い散らかしていた。今まで(おそらくミッドウェーあたり)の恨み晴らさんとばかりに遮二無二敵機を攻撃した。

 だが、合衆国任務部隊に空襲が行われることは、終ぞ無かった……。


「殿下、航空隊より再三意見具申が出ております、いい加減偵察部隊程度は発進させるべきでは?」

 高松宮一新によって連合艦隊参謀長となった角田覚治は、高松宮が何を考えているかを一応把握はしていたものの、流石に航空隊員が哀れに思えていたのか、あるいは電探がまだ不安定であることからか、偵察部隊の発進を上奏してみた。だが、帰ってきた答えは以下の通りだった。

「それならば問題ない、そんなことより殿下はよせ。私は一介の大佐殿に過ぎん」

 連合艦隊司令長官となった以上佐官は拙かろう、という名目で提督になったとはいえ意識はまだお飾りの宮様の儘なのか、あるいは謙遜によるものか、高松宮は「大佐」という地位を強調していた。とはいえ無論、軍隊の階級上は少し前まで大佐とはいえ、彼は今上天皇の弟である、誰も逆らえようはずが、無かった。

 そして高松宮自身も、兄である天皇陛下より「せめてより善く負けるために」と送り込まれたなどとは到底言えず、せめて勝ち点を稼ぐか、程度に戦局を見ていた。とはいえ、その結果として必勝精神などによって惑わされた一般の将校には見えない視点で戦場が見えていたようだ。

「そうは仰いますが……」

「とはいえ、航空部隊には別個任務があることは告げておくか。それよりも暗号文の漏洩防止策はどうなっている」

 高松宮は知っていた。海軍の今までの敗北は暗号を解読されているからだ、と。それならば、解読されにくい暗号を使えば、それなりに作戦は立てやすかろう。しかし、彼が行った暗号戦術は後に操典に乗るほど画期的であったことは、彼自身にも判らぬことであった。さらに言えば、彼は航空部隊への別個任務があることをにおわせはじめた。それははたして、士気の維持のためであるのか、あるいは本当に別個任務が存在するのか。

「は、ははっ。漏洩しても構わないものや偽指令に旧来の暗号を施していることもありますが、今のところ新式暗号による漏洩は確認できておりません」

 そして、敵がどこまで暗号文を解析できているかの申告を行った角田は、徐々に気圧され始めていた。眼前の「宮様」は決してお飾りとは言い難いぞ、と。

「そいつは重畳。……陸軍の戦車の改良も行わねばならん、そして恐らく、米軍は航空機撃墜の何か秘密兵器を隠し持っている。だからこそ、我々は技術力が低いことを逆手に取る戦術を行う必要がある」

 それは、紛れもない事実であった。とはいえ、それを限られた材料だけで推察し得た者ははたして帝国陸海軍にどれほどいたのやら……。

「……故の、夜戦ですか」

「ああ、最近の連合軍の電探技術が向上しているのは知っている。だが、だからこそ今のうちに潰さねばならん」

「……ははっ」

 ……斯くて、第三次航空隊が襲来しつつある中、高松宮はある決意を固めた。それは……。

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