第11話 ひそひそ話


―― やっぱり、芽衣子さんは、なんにも知らないのかなぁ。それとも演技で知らないふり? いや、そんな嘘つきではない。きっと何も知らないんだ。


「それで、そのリアストがどうしたんですか」


 進は、芽衣子を見つめ、少し間をあけて


「そのリアストというアプリを開いて小説を書くと、それが現実になるんです。この前、病院で偶然、芽衣子さんに逢えたのも、今日、ここで待ち合わせすることもリアルストーリーというアプリで小説に書いたことなんです」


「小説に書いたことが本当に起こるの? へえ、そんなのあったら私も欲しいです」


「あはは、芽衣子さんがくれたんですよ。夢の中ではね」


「そんなの小説で書いた通りに多摩野さんが動いただけじゃないの?」 


芽衣子は半分も信じていない様子だった。

 進はその様子を見て更に話し出した。


「そうでしょ。ぼくも最初はそうかもと思って試したんですよね。起こりそうもない事、書いたんですよ」


「宝くじが当たるとか?」


芽衣子はすかさず突っ込んだ。


「えっ、何で分かるんですか?」


「当たったの?」


芽衣子は、目を急に輝かせて進を問いただした。


「まあまあ、そんなに慌てないで下さい。宝くじじゃないけど当たったんですよね」


 進は、声をひそめ、周りに聞こえないように芽衣子に近づいて答えた。


「何が当たったの? 競馬?」


芽衣子は、進が競馬をしていて、大穴を当てたことがあることを知っていた。 進は、覚悟を決め、ここで芽衣子に話すことにした。ますます声をひそめて


「トトです。トトビッグ」


  芽衣子もびっくりして大きな声を出しそうになるのを懸命に抑えて小さな声で


「えーっ、6億? 6億なの」


「ええ、たぶん、全部当ってたので」


 今度は、進がニヤニヤとなりそうなのを懸命に抑えて答えた。


「凄いですね。凄い、凄い、多摩野さん凄い。私にも半分下さい」


 芽衣子は、ひょっとしたらちょっとくらいくれるんじゃないか、言うだけ言っておこうというぐらいの感じで進に迫った。


 進は、ほら来た。ここだと言わんばかりに深呼吸をして


「半分とまではいきませんが、奥さんに3億5000万円渡すので、残りの2億5000万円でどうですか? ぼくと2億5000円で暮らしませんか。ぼくがこのまま仕事を続ければ、ゆうやくん、しゅうとくんと芽衣子さんと四人でも暮らしていけると思います。どうですか? それなら元旦那さんに子どもたちを渡さなくて済むのではないですか」


 進は、リアストに金額までは入れていなかったが具体的な金額まで言って迫った。こんな具体的な話まで言う予定はなかったがリアスト以上に話を進めてしまった。


「そうですね、それいいですね」


芽衣子は笑ってまんざらでもないなという返事をした。


――あんなにぼくの誘いを上手くかわしていたのに今日は違うなぁ。

やっぱり億のお金の力かなぁ。凄いなぁ、お金の力。いやリアストの力か?


「今度の土曜日、ハウステンボスのホテルを予約しているから光のイルミネーション観て、バーで飲みながら将来のこと、子どもたちのことをゆっくり話しませんか、来週初めには当せん金の6億入ってくると思うんですよね」


「ハウステンボスかぁ。イルミネーションも見たいし、今週末は子どもたちが元旦那にもっていかれる番だから良いですよ。多摩野さん襲ったりしないですよね?」


――マジなのか、そんなにあっさり・・・やっぱり6億の力、リアストの力? いやリアストではホテルまでは誘ってない。


「もちろんです。将来について話をするだけですよ。ちゃんとツインにしてますよ」


――ここはしょうがない。まだ手は出せない。


「ええ、泊まるんですか?」 


芽衣子は分かっていたけど、驚いたと言わんばかりの反応をした。


「もちろん、だって飲酒運転じゃ帰れないでしょ」


「そうですね、まあ良いでしょう」


 芽衣子は、まんざらでもなさそうに了承した。

ふたりは、土曜日の待ち合わせ時間と場所を決めて、さほど子どもたちのことや元旦那の話はせずにかなり冷めてしまったコーヒーをお互い一気に飲み干して携帯番号を交換し、その晩はソパンをあとにした。


 進は、金曜日の夜にスマホのリアストを開き、念入りに翌日、土曜日のホテルデートの小説を書いた。


待ち合わせ場所に車で向かい、芽衣子の車は置いて進の車でハウステンボスまで向う。ホテルは予約している通りハウステンボス園内にあるホテルラムステルダムだ。


ホテルのレストランでワインを飲みながらディナーをとる。そのあとバーに行って光の王国イルミネーションを見ながらカクテルを飲む。雰囲気が盛り上がったところで部屋のベッドへ、朝はゆっくり起きて豪華なモーニングをふたりでといった内容である。

 ハウステンボスは、今や日本でも人気のテーマパークである。立ち並ぶホテルも高級で、その昔マイケルジャクソンが福岡公演をした時もわざわざここまで泊まりに来たほどである。進と芽衣子が住むそれぞれの町は、ほぼ長崎県と佐賀県の県境辺りに有り、ハウステンボスまでは車に乗ってわずか30分で行くことが出来る。全国のハウステンボスファンからしたら羨ましい限りだろうが、近すぎて普段はなかなか行かないし、ましてはホテルに宿泊までは高級過ぎて出来ないのである。 しかし、今回は億円の力を借りて最高級の部屋を予約していた。あらかじめリアストで会社の部課長研修会で泊りだと奥さんに思い込ませていた進は明け方までリアスト小説を書いてベッドに入ったがうまく寝付けず、予定の時間より寝坊して10時頃起きた。

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