第13話 狭間のロンド 6

 ザーン、ザザーン。ザーン、ザザーン。


 この音は聞き間違えることがない、海のせせらぎだ。小さい頃から何かにつけ海に来ていた俺にとって、馴染みのある音でもある。そんな音を俺は、寝ながらぼんやりと聞いていた。俺の顔の上には、つばつきの紺の帽子を乗せている。さっき、遠くで俺を呼ぶ声を聞いたような気がしたが近くに来る気配もなく、そのまま寝続けることにした。


 けど、首が痛くて寝続けられそうにない。そんな首の痛みに促されるように、渋々と身体半分を起こした。


 すると、そこは砂浜が広がり、太陽の光を跳ね返すように鮮やかな黄土色を輝かし、その奥できらめいている海と相まって美しかった。


 そういえば、陽気がよく、気持ち良い潮風が流れているこの場所を気に入ってシートを引き、昼寝したんだっけ。確か、日陰のある場所を見つけ、大きい黒リュックを枕代わりにして寝たと少し前の記憶がいっているから、間違いない。


 そんなことをぼんやり思い出していると、また遠くの誰かに呼ばれた気がした。二度も呼ばれたことで俺は気になってしまい、注意深く周りを見渡した。すると、もう一度、その声の主はさっきより近くで聞こえた。


「ヒュウガ、来て。こっちに貝殻が落ちているよ」

「え、本当?」


 なるほど。俺の近くには女の子二人と男の子一人がいる。呼ぶ声はその集団の背の高い女の子からで、呼ばれたであろう男の子が女の子に駆け寄っていったのだ。



 こんなところにずっといたためか、喉が渇いてしょうがない。そう思ったとき、ふと、スカッと爽快感ある炭酸水が思い浮かんだが、そのたぐいはない。


 いつもなら絶対にあるはずと、さっきまで枕代わりにしたリュックの中を探し、目的の物を取り出した。取り出したのはマイボトル。その中身を口に含ませる。当然だが、中身はお茶。節約のため、毎朝、俺が作ったものだから、味は二の次。あるときは、ものすごい苦いお茶、またあるときは、水に近いお茶。


 そして、マイボトルからもう一口。……やっぱり水だ。


 本当ならコーヒーを入れたいところだけど、特別なときと決めている。というのは、こんな生活でコーヒーの味わいに変化したからだ。


 そう、それはついこの間、コーヒーを飲んだんだ。このコーヒーはどこでもある普通のコーヒー。そんなコーヒーがキリっとした苦味が細部まで感じてしまった。それはもう、カルチャーショックとしか言い表せないほど強い衝撃で、習慣として飲んだコーヒーがぼやけたとしか言えないほど、段違いな差だった。何しろ、俺はコーヒー党で、強い苦味があるものが好きなんだ。こんなコーヒーのためなら味覚を研ぎ澄ませ、ポテンシャルの全てを味わいたい。……まあ、俺の趣味趣向といえる。



 マイボトルに入っているお茶を飲んだとはいえ、痛みが取れない首でもう一度寝る気にもなれない。ぼんやりと海を見ようか、そう思ったとき、後ろから声をかけられた。


「あの、……申し訳ありません。起こしてしまったのでしょうか?」

「え?」

「そこの三人、ウチの子どもたちなんです。寝ている人がいるから、ちがう所で遊ぼうね、とは言ったものの、遊びに夢中で……」


 俺は突如、恐る恐る話しかける男に面食らった。


 男が指している方向を見ると、さっき見かけた俺と同じヒュウガの名前の男の子がいる三人の集団だ。さっき見かけた場所から移動して、砂浜に打ち上げられたものを拾って、歓声をあげていた。どうやら、活発な子どもたちのようだ。


 そして、その三人の親と見られる男は、そんな活発的な子どもたちに迷惑をかけてしまったのでは、と心配しているみたいなのだ。


「……ああ、いえ。俺の方こそ邪魔ではありませんでした?」

「いえいえ。この海岸は広いし、夏のバカンスシーズン以外は静かなんですよ」

「そうなんですか」


 俺は辺りを見渡した。隣の男が言った通り、三人の子どもたち以外、誰もいなかった。そして、その子どもたちは、さっきとはまた別のことに興味を持っている。


「あ、桜。咲いてる」

「本当ね」

「え、桜? じゃあ、居る、ぶし?」


 ヒュウガが言った言葉に女の子二人は困惑していた。


 多分、『ぶし』だろう。『ぶし』は一般に使われていない。とはいえ、『ぶし』は『武士』と俺がよく知っている言葉がある。その言葉だろうかと興味を持ちながら、子どもたちの続きを見守った。


「武士って桜なんだろ」


 背の高い女の子がヒュウガの意味がわかったのか、表情が変わった。


「もしかして、昨日、パパが見せた武士道魂のこと?」

「うん。……武士、カッコいい。…………こう、こう」


 ヒュウガは拾った流木で大振りに振り回していた。


「うわ! ヒュウガ、木を振り回さないで! 水、飛ぶ」

「やめて!」


 ヒュウガは少し海水を浸かった場所から水飛沫をあげて流木を叩きつけたから、女の子二人は慌てて海から離れた。


「…………チャンバラ、よくしたな」


 そんなヒュウガから、俺の子どもの頃を重ねていた。棒切れで所構わずふりまわし、周りに迷惑かけていたっけ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る