第5話 奇跡を起こすロボット 5

 デジタル変換が始まったといっても、特に変わった様子がない。ハジメはヒュウガの顔の横に座り、アリスは硬質フレームを見て、その様子をヒナが見ていた。


 そこから数分後、アリスが持っている硬質フレームの画面が変わった。


「デジタル変換が正常に始まっています。この表示では、『あと2日と4:15』で完了予定となっています。ここからはサポートロボットであるハジメが担当します。ハジメの担当が終わるまで、私はここで一旦控えさしていただきます。何かあれは、ハジメに仰ってくださいね」


 アリスは近くの棚に硬質フレームを立てかけると、病室内から出て行ってしまった。

 


「あの……、データ関門士の方、いなくて大丈夫ですか?」


 ヒナはデータ関門士であるアリスが出ていくとは思っていなかったらしく、ハジメに聞いたのだ。


「問題ない。この作業は、ほぼ僕みたいなサポートロボットが担当なんだ。生きている場合だったり、何かの異常であっても、手順は全て一緒だよ」

「そうなんですね」


 と、ヒナが言った後、しばらく静かな病室になった。何かヒナの方で引っかかっているものがあり、それをどうやって聞いたらいいかわからないまま、つぐんだままになった。それから、意を決したのか、ヒナは重々しく口を開く。


「あの…………、今回の手続きって、どうなっているのですか? 夫がこうなってから、私…………、ついていけなくて……」

「…………」


 ハジメは何が適切な答えかを考えている。アオキ・ヒュウガを含め、アオキ一家には複雑な背景があるからだ。


「デジタル変換の管理に関していえば、機密性が一番高いランク対応だね。今、この作業を関わっている関係者だけの厳重対応、と言えばわかるかな?」

「…………夫だから高いランク、ではなく?」

「いや、受ける人みんな高いランクと決まっているよ。万が一、何かあった場合、余計なところまで手をわずらわしたくないから、といった理由が強いかな」

「そうなんですね」


 ヒナはハジメの話を聞いて、少し安心した様子だった。


「もし何もなければ、一旦、家に帰って休んだらどうかな? デジタル変換が終わればまた忙しくなるから、休んだほうがいいよ」


 ハジメに言われ、ヒナはどうしようか悩んでいる。ヒュウガが心停止と連絡があってからあっという間に時間が過ぎ、疲れたという感覚がヒナにはないのだ。けど、休んでいないのは確かだし、家のことをほったらかしのままで気になるのも確かなのだ。


「……そうですね。本当に、何から何までありがとうございます。あの、夫をよろしくお願いします」


 ヒナも病室内から出ていった。



 始めてから数時間、ハジメはデジタル変換作業を続けていた。


――めんどい。似た作業をずっと続けるのはつまらない。ああ、僕もこの病院のサポートロボットのように感情がない状態でやりたい。


 さっき、病院のサポートロボットが入り、ハジメのような部外者がいても興味を示すことなく、淡々と仕事をこなしていたところをハジメはうらやましそうに見つめていたのだ。


――とは言っても、向こうは人間の命だしな。一つでもミスを犯せば、あとが怖そうだ。


 ハジメはふわりと考えながらも、作業を続けている。


 ハジメのようなデータ関門士のサポートロボットに感情をつける場合と、この病院内のサポートロボットのように感情をつけない場合と、それぞれちがった目的が理由で設定されている。データ関門士のサポートロボットの場合、データ関門士と息を合わす必要があるために感情があった方がやりやすく、一般的な病室のサポートロボットの場合、何があっても動じないように感情は入れていないのだ。



 それからも、ハジメはめんどくさいと思いつつも、デジタル変換の作業を止めることなく続けている。ちょっとした合間には、昼間の青空に飛ぶ鳥や雲、夜の月を眺めことはあった。


 そこから二日間、ハジメのいる病室には決まった時間に来る病院のサポートロボットと、午前中に10分程度滞在して硬質フレームの確認と、「お疲れ」「順調だね。んじゃあ」と声をかけるアリスくらいである。


 なので、この二日間は静かな病室であった。

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