ツンデレチャレンジ
「で、葦名はどんな子が好きなん?」
聞くのが怖い。でもついに葦名くんの好みのタイプがわかる。私と全然違うタイプだったらどうしよう。でももしかしたらと思うと期待してしまう。でもでもでも……。きっと聞かないほうがいい。聞かないようにしなければ……。
そんな堂々巡りの葛藤も束の間、葦名とその友人たちの会話は、真澄に一切の容赦なく進んでいく。
「ツンデレだね。ツンデレ一択」
葦名の声で紡がれる自分の人生の辞書にはない単語に、真澄は心臓がギュッと掴まれたような心地がした。頭がぐらぐらするような感覚もある。さっきまでの期待混じりのドキドキとは違う、純度100%の明確な不安。
「……っ!」
真澄は頭を軽く振ってマイナスな思考を追い払う。そんな真澄の様子を見て花と美香は会話を止めて首を傾げた。
「まっすん、どした?」
「どしたどした?」
「えっ」
花が心配そうに真澄の顔を覗き込む。隣で美香もウンウンと頷いている。ふたりの注目が一斉に自分のほうを向いたことに、真澄の顔はかあっと熱くなる。男子の会話を盗み聞いていたことも恥ずかしかったし、ましてや好きな人がいることも、好きな人のタイプが自分と正反対でちょっと落ち込んだなんてことも、とてもじゃないが言えなかった。
「な、なんでもないよ!」
慌てて身振り手振りで否定する。咄嗟に嘘をついてしまった。ちょっと納得いかないという表情を残しつつも、「それならいいけど」と花と美香はまたファッション誌の話に戻った。
悩んでいるだけじゃ葦名は振り向かない。真澄は机の下でぐっと拳を作った。
「(ファッション誌のモデルさんたちも努力をしたから綺麗を掴んだんだ。私だって努力しないと始まらない……!)」
葦名に少しでも気づいてもらえるように、真澄は『ツンデレ属性』を目指すことを決意した。
それ以来、真澄は真澄の思う『ツンデレ』な態度を貫いていた。早足で歩いてみたり、わざと力強く教室の扉を開け閉めしたり、語尾に「〜じゃないんだからね!」をむりやりくっつけてみたりといった具合だ。
そんな行動と言動は、いろんな意味で周りの目を引いた。当然、葦名も真澄の存在を意識するようになったが、真澄の望む”意識”とは対角線上にある意識だった。
「どうしてだろう……前より葦名くんが遠い気がする……」
ベッドの中でピシッと棒のようにまっすぐ仰向けに寝転びながら、真澄は考えた。
「きっと、まだ足りないんだ。ツンデレって、たぶんもっと強い!」
布団をギュッと掴んで気合を入れ直し、なぜか完全解決したかのような顔でぐっすりと眠りに落ちた。
翌日の真澄はさらに悪化していた。同学年の生徒と廊下ですれ違っただけで「なによもう!」とキレ、クラスメイトがくしゃみをしようものなら「うるさいわね!」とキレ、校庭でカラスが一鳴きすれば「クチバシ縫い付けるわよ!」とキレた。
ついには、生徒から恐れられているスキンヘッド強面教師に向かって、「陽の光が反射して目が悪くなるわ!」とキレたことで反省文を書かされる始末だった。これに関してはクラスメイトの評価は悪くなかったのだが、葦名に異性として意識してもらうには縁遠い行動だった。
「私、ちょっとトイレ。あ、別にお腹痛いとかじゃないんだからね!」
お昼休み。花と美香と3人でごはんを食べ終わってからの談笑タイムの最中、真澄が席を立った。花が「いてらー」と手をふりふり見送ったあとも、廊下から「なによもう!」と声が聞こえてきた。すかさず花と美香は顔を近づけてヒソヒソと話しだす。
「最近、まっすんおかしくない?」
「わかる。最初は変なギャグ覚えたんかと思ってたけど、さすがにレベチすぎる」
最近の真澄は誰彼構わず、人も動物も関係なく、物にさえもキレるようになっていた。葦名の認識も、当然「ヤベェやつ」だ。最初は笑っていた花と美香も、友人の奇行を心配せざるを得なかった。
「問い詰めるっしょ」
「それしかないね」
花と美香は、トイレから戻ってきた真澄の両腕をがしりと掴んで、人気のない渡り廊下まで連行する。そしてずいっと真澄に詰め寄った。
「まっすん、最近やばいよ」
「うん、やばい」
「や、やばいって、何が?」
本来気弱な真澄の『ツンデレ』は、友人ふたりの剣幕に押されて、みるみるなりを潜めた。
「わかるっしょ。なんかトゲトゲっていうかさ」
「そうそう。言葉選ばずに言うなら態度悪い!」
「どしたん? マジで」
「悩みとかあるなら聞くよ?」
真澄は涙目だった。詰め寄られているからではない。”態度が悪い”と思われていたことがショックだったのだ。まさかとは思うが、葦名も同じように捉えているのではないか、と不安で胸がいっぱいになった。
「じ、実はね……」
決意を固めた日の出来事をぽつぽつと話す。恥ずかしさと悲しさでしょんぼりと語る真澄だったが、花と美香は話を聞いて爆笑した。
「ガテンがいったわ、ガテンが!」
「それならそうとすぐ相談してくれればよかったのにー」
「そ、相談って言っても。私の問題だし……」
「いやいやいや」
チッチッチと指を左右に動かしながら、花がニヤリと笑った。
「恋愛は協力ができるっしょ」
「それな」
美香もニヤニヤしながら大きく頷いていた。
それから数日後。葦名攻略連合軍の行動は、学校中に「2年B組にヤベェ3人組がいる」という噂を広める結果となった。
「なんかますます距離を感じるな……」
なぜ葦名との距離が縮まらないのだろうと、真澄はベッドで正円を描くように布団にくるまりながら難しい顔をしていた。
「でも、諦めない!」
友人たちも協力してくれているのだから、諦めるわけにはいかなかった。
そんな日々が続いたある日、真澄はぼーっとしながら授業を聞いていた。少し体がだるい。これは風邪の引き始めかもしれない、と真澄は思った。動けないほどではなかったのでなんとか授業をこなしていたが、最後の6時間目は運の悪いことに体育だった。
「さすがにムリっしょ」
「うん、せめて見学しな?」
花と美香にも促され、真澄は言われるがまま体育を見学することにした。
この日の体育はバスケだった。葦名はバスケ部に所属しているので、普段のムードメーカーさも相まって他の誰よりも試合を盛り上げていた。真澄の目は葦名にキラキラとしたフィルターをかけてその像を結んでいる。
そして熱とキラキラに浮かされた真澄は、より一層ぼーっとしていた。試合の流れも、葦名以外の人間も、ボールすらも、何も見ていなかった。
「危ない!」
花が叫んだ。ハッと気づけば、クラスメイトの誰かが放ったキラーパスが炸裂し、真澄に向かっていざゆかんと飛び込んでくるところだった。
避けられない。
真澄はきつく目を閉じた。
刹那、バシッと音がして、真澄は体を縮こまらせた。
「あ、あれ……」
しかし、想像していた痛みは全くない。おそるおそる目を開くと、目の前にあったのは大きな手だった。手から肘、肘から肩、そして肩から上……。ゆっくりと視線をずらして視界に映ったのは、
「葦名くん……!」
胸がキュッとした。熱のせいだけじゃないドキドキが真澄の体を駆け巡る。
「ナイスー!」
一瞬しんとした体育館だったが、クラスメイトの男子がパチパチと拍手して葦名を賞賛した。それにつられてやんややんやとふたりの元に人が集まってくる。
「ははっ、いってー……」
葦名は次々送られる賛辞に笑顔で答えつつも、どうやら突き指をしたらしく、右手の中指を抑えながら小さくうめいていた。それに気づいた真澄は、考えるより先に体が動いていた。
「葦名くん、大丈夫?」
葦名の指にやさしく触れて、心配そうに顔を覗き込む。突然の出来事に葦名はびくりと身体を震わせた。続けて、真澄は顔を赤くして満面の笑みを向ける。
「助けてくれて、ありがとう」
葦名はその動作のひとつひとつに理解が追いつかなかった。目の前にいる真澄はよく知っている「ヤベェ」真澄ではなかったし、別の意味で「ヤベェ」と思ったのだ。
ハッと我に帰り、葦名はかぁっと顔を赤くした。
「あ、ごめん……!」
きょとんとする葦名を見て、真澄も顔を赤くしてパッと手を離した。葦名に触ってしまったこと、うっかり素を見せてしまったこと、葦名が見たことのない表情をしてること。その全てが真澄に羞恥として降りかかった。
真っ赤になってあたふたとするふたりを、居合わせた体育教師とクラスメイトは大いに冷やかし、笑った。
放課後。花と美香はそれぞれバイトに行ってしまい、真澄は夕方の通学路をひとりトボトボと歩いていた。友人たちは体調を心配して送ると言ってくれていたが、それは真澄が断った。自分のためにバイトを遅刻させたり、休ませたりするのは気が引けたからだ。
しかし、今の真澄の頭の中には、体調のことも友人のことも存在していない。
「ツンデレじゃないってバレちゃったかな」
立ち止まり、俯いて小さくため息を吐いた。思い起こされるのはついさっきの6時間目の出来事。葦名の前で普通に素を出してしまった。葦名も驚いた顔をしていたのだから、これまでの努力が無駄になったのではと考えていた。
「おーい! 井口ー!」
「え?」
背後から声が聞こえた。聞き間違えるはずもない、好きな人の声。
「葦名くん?」
振り返ると、葦名が手を振りながら小走りで真澄に駆け寄ってきた。どきりと心臓が跳ねる。平静を装おうとするも、落ち着こう落ち着こうとすればするほど、葦名の手の感触や、驚いた顔が生々しく脳裏に浮かんでくる。
「さっき、大丈夫だった? 怪我してない?」
葦名くんが守ってくれたから平気。そう言いたかったが、パクパクと口が動くばかりで全く声にならなかった。
「指のこと、心配してくれてありがとな」
照れ臭そうに頭を書きながら笑う葦名。右手の中指には包帯が巻かれていた。
「……井口?」
反応がない真澄を、葦名が訝しげな表情で覗き込むようにじっと見た。
「……っ!!!」
目の前に迫る葦名に、真澄の思考回路はぶつんと完全にショートした。そしてーー
「べ、別にあんたのために心配したんじゃないんだからね! で、でも守ってくれたのはありがと……。今度、お、お礼くらいはしてあげるんだから」
恥ずかしさと熱とショートした思考によって、真澄の口から完全なツンデレセリフが飛び出した。そしてそのまま辛抱たまらんと一目散に走り去ってしまう。
取り残された葦名は、彼方へと消えていく真澄の後ろ姿を見ながら、右手で胸をぐっと抑えた。指から心臓へ、痛みが伝わったかのようだった。
翌日。
「お、おはようー……」
消え入るような声でそろそろと扉を開きながら真澄は教室に入った。
「まっすんおっはー」
「おはおはー」
花と美香が挨拶を返す。さっそくいつもの3人組のできあがりである。真澄はキョロキョロと教室内を見回した。美香がニヤリとして真澄の肩に手を置く。
「まだ来てないよ」
「な、なんのこと?」
意味もなくとぼけて見せるが、真澄の顔はすぐに赤くなっていた。
「はよーっす」
ガラッと勢いよく扉が開いて、噂をすればと葦名が入ってくる。振り返った真澄とばちりと目が合う。葦名は一瞬固まったあと、「お、はよ……」と目を泳がせながらつぶやいた。真澄も「おはよう……」と、当事者同士にしか聞こえないくらいの声量で応じる。
お互い何かを言いかけてはやめ、しばらくもじもじとしたあと、特に何を言うでもなくそれぞれの席へと戻っていった。
「なんか進展してんじゃーん」
「やりおるな」
花と美香はそんなふたりをニヤニヤと楽しげに見物していた。
学校中に「2年B組にヤベェカップルがいる」と噂されるのは、もう少しあとのお話。
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