三本角の病
ある年、ヒマラヤ山脈に大雨が降った。
その雨は今までにないくらいの大雨で山からは土や石が流れ出し、ヒマラヤ山脈にあった村や町は甚大な被害を受けた。
被害を受けた村や町がそれぞれ復興していく中、ネパールのヒマラヤ山脈にある一つの村では周辺の被害調査中に、一人の村人が泥の中に埋もれた大きな岩を発見。
「おーい!ここにデカい岩が埋まってるみたいだー!」
「どうせ岩だろ。さっさと掘り起こそうぜ」
「じゃあ俺は応援呼んでくる。あと道具も足りないだろうし持ってくるわ」
――だが十数人の村人と協力して掘り起こしたのは岩ではなかった。
「なっ、なんだこれ……岩じゃないぞ……!?」
「おい……こっちに来て見てみろよ」
「こりゃあ骨だぜ!デカい頭の骨だ!」
「角みたいなのが三本もあるけど、これ何なんだろうな?」
掘り起こした物が岩では無く、何らかの頭骨だったことに驚いた男たちが盛り上がっていたら――。
「……もしかして、この骨は天の使いのだったりしないか?」
誰かがボソッと呟いたその言葉は騒ぎにかき消されそうなほど小さい声だったが、周囲の者たちの耳に届いていたのか、さっきまでワイワイと騒いでいたのが嘘のように静かになっていた。
「じゃあ……なんだ?俺たちが子供のころに聞かされてたおとぎ話が本当だったってことか……?」
彼の言うおとぎ話とは村に代々伝わっている話で、この場にいる全員が知っている。
その内容は遥か昔に
「本当かはわかんないだろ。天の使いの姿なんてどこにも残ってないんだから」
骨をジロジロと見る彼の言葉通り、天の使いの話は伝わっているものの、その姿が描かれた物は一つも無いのだ。
だからこそ、この骨が天の使いの骨なのか疑う者もこの場にいた。
「――この骨が何であれ、とりあえず村長に報告しに行こう」
掘り起こされた頭骨を見に来た村長も、まさか岩のような大きさだとは思っていなかったのか、すごく驚いていた。
そして頭骨に対する村長としての考えは――。
「そんで村長。結局、この骨は何なんだよ?」
「何と言われてもわかるわけないだろう。ただはっきりとしてることは、これが天の使いの骨ではないということだ」
「なんで村長は違うって断言できるんだ?」
「いや、伝わってる話では人型でワシらと同じくらいの大きさらしいからな。この骨は大きすぎるし、人の頭でもないじゃないか。――ほら!まだまだ村の掃除と片づけは終わってないぞ!」
一旦この頭骨はこの場に置いておくことになり、処分するのかしないのかを決める話し合いが行われたのは、発見してから約一か月後のことであった。
「あの骨は天の使いとは無関係なんだし、あんなとこにずっと置いておくと邪魔だから、さっさと捨てよう」
「天の使いとは関係なかったとしても、残したっていいじゃないか。邪魔だって言うなら別の場所に移せばいいし」
だが話し合いをしても結論が出ず平行線のまま。
中には粉々に砕けばいいと言う者もいれば、神聖な骨だから祭壇を作るべきだと言う者もいたし、様々な意見が飛び交っていた。
「村長には何かいい案はあったりしない?」
終わりの見えない話し合いにしびれを切らした一人が村長に助言を求めた。
「ワシにか?……だが、ワシは骨の処分に賛成してるんだぞ。それでもいいのか?」
「――今の調子で話が続くんなら、まだまだ時間がかかりそうだし……お前らもそれでいいよな?」
この場にいた全員がその案に賛成し、巨大な頭骨をどうするのか結論が出た。
それは村から離れた場所に墓を作るといった案。
両者ともこれでいいと話し合いは終了。さっそく次の日から作業が始まったが、頭骨を移動させ穴を掘るまでに三日。そして墓を作り始めるのに時間がかかり、完成するころには一週間が経っていた。
「先生いるか?」
「奥にいるぞー!ちょっと待ってろ……ってお前か。どうしたんだ?」
一人の男が村の医者の元を訪ねてきた。
奥にある診察室から出て訪れた人物の顔を見た医者は、予想外の来客だったのか目を丸くしている。
この村に住む村人たちは、ほぼ毎日会話をすることがあるので、この医者と診察に来た男は毎日会って話しをするくらいには親しかった。
その時は特に調子が悪そうには見えなかったのだが――。
「いや……なんて言えばいいのか分からないんだけど、なんだか変なんだ。俺の体」
「お前もヘンになってるのか……」
「え?なあ先生。お前もってことは……俺以外にもいるのか?」
「ああ、ここ最近何人かが来てるよ。みんなお前と同じようなことを言ってたな」
この二、三日で体のどこかが変だという理由で何人もの村人が来院した。
訪れた全員の心臓や呼吸器官には何の問題も見られなかったのだが、その内の一人の腕に触れたときに、皮膚の下に骨や筋肉とは違ったものがあることに気が付いた。
「――ほら、やっぱりあった。腕のこの部分触ってみな」
「ここか……?うわっ、これなんだよ……!?」
彼の腕の皮膚の下にあったのは大きなできもの。
それはとても硬く、中に何か硬いものが入っているようだ。その硬いできものは彼の腕と足、そして背中の三か所にあった。
「せ、先生これ取れないのか……?」
「手術道具が少ないから、ここじゃあ無理だな。街の大きな病院じゃないと難しそうなんだ」
彼の前に来た患者たちも体の三か所に硬いできものがあり、最初の患者のできものを摘出しようと試みたが、どの方法も失敗に終わった。
その硬いできものは骨のような物体で、まるでそれが患者の骨に寄生しているかのようにくっついていたのだ。
しかしそれ以降、そのできものになんの変化も見られなかったため、患者たちは街の大病院へ行くことはなく、数週間が経ったある日――。
「お、おい爺さん!昨日まで寝たきりだったのに、外を出歩いて大丈夫なのかよ?」
「ん?……ああお前さんか。なんだか今日は体が軽いんだ。昨日までは鉛のように重かったんだがな」
重い病気でずっと寝たきりだった一人の老人がある朝、一人で外を歩いているものだから、村人全員が驚いていた。
……だが驚いたのはそれだけではない。
「……ていうか、何なんだそれ?体から角みたいなのが生えてるけど……」
「これのことか?何日か前に生えてきてな。大きくなるにつれて、体が楽になっていったんだ」
そういう老人の体からは角のようなものが三本も生えていた。
角は太もも、腹、頭の三か所から生えており、それぞれの大きさも形も違う。
この三本の角を見て、あの巨大な頭骨を思い出した者も中にはいたかもしれない。
その後、角が生えた老人は村の医者に見てもらったところ、なんと彼の体を蝕んでいた病巣がきれいに失くなっていたのだ。
そしてその角が生えていたのは、老人が病気だった箇所。
老人に角が生えてから数日もしないうちに、他の村人たちの体にも角が生えていた。そして老人や巨大な頭骨と同じように角の数は三本で、生えた人には体のどこかに病気を抱えている、といった共通点もあった。
……だが、角が生えた者たちの共通点はそれだけではない。
彼らは全員、あの巨大な頭骨の墓へと度々足を運んでいる者たちだったのだ。
角が生えると病気が治るという話が村中に広まり、そして村に来る商人から他の村や町にまで広まっていき、いつの間にか村はずれの墓周辺には多くの人が集まるようになっていった。
角の生えた村人たちも墓へ行くことが増え、帰ってこない日も増えていき――。
「は?……ワシにはよく理解できなかったから、もう一度言ってくれないか?」
「だから、俺たち村を出てあの墓のそばで暮らすことにしたんだって」
「あんなところにお前たちだけで暮らす気か!?」
「いや他の所からも何人か来るんだ。人数は結構いるから、やっていけるとは思うんだよ」
角が生えた村人全員が村長の家を訪れて村を出ていくことを伝えた後、すぐに村を出て行ってしまった。
引き留めようとする者もいたが、彼らの向かった先は頭骨の墓の周辺との事だったので、何日かしたら戻ってくるだろうと考えていた。
しかし何日、何十日と経っても戻ってくるどころか交流すらなかったため、心配した家族たちが墓へと向かうと、墓の周辺にぐるりと囲うような大きな木の柵が建てられており、たった一つの出入り口が用意されているだけ。
柵の隙間から中の様子を覗いてみると、木製の小さな家が何件も建っていたが、人の姿は見当たらず不自然なほど静かだった。
「あんたらこの村に用でもあんのかい?」
彼らに声をかけたのはロバを連れ、大きな荷物を持った商人だった。
「友人がここで暮らしてるみたいなんですけど、誰もいないみたいで……」
「入口のとこに誰もいないから、部外者は中に入れないよ。ここの村――俺たちは
その日から二日間、商人が言ったように角村の様子を毎日見に行ったが、ひっそりとしていて人の気配が一切無かった。
三日目になる明日も人が居なければ諦めようと話し合い、みんなが寝静まった深夜。
角村の方向からメキメキ、バキバキ、と木が折れるような音が辺りに響き渡った。
あまりに大きな音で、ほとんどの村人が飛び起きて外に集まったが、暗かったこともあり周辺の調査は明日行うことに。
「何でみんな揃って同じ方を見てるんだ……ん?あんなところにデカい木なんて生えてなかったよな……?」
朝、村人たちが深夜に聞こえた異音の発生源を調べるために外へ出ると、彼らの視線の先には巨大な大木がそびえ立っていたのだ。
「なあ……あれってほんとに木なのか?葉っぱが生えてるようには見えないぞ」
「てかさ、木の捻じれた感じあれに似てない?この前見つけた大きな骨にさ」
「そうか?骨のほうは白かったけどあれは茶色っぽいから違うだろ」
「まあでも、捻じれてるのを見るとあの骨を思い出すな。それにその辺の木と比べて見ると色も変だし……」
しかしその木には葉が無く、枝は不自然に捻じ曲がっていて普通の木とは違う歪な形をしていて、色も普通とは違うように見えた。
「そんなことはどうでもいい!あれが生えたのは墓の方だから様子を見に行った方がいいかもしれん。とりあえずワシとあと何人かで見に行くぞ」
村長と数人の若い男たちで角村へと向かうと、その道中で近隣にある他の村からも調査に来ていた者たちと合流し村の近くまで来ると――。
「おいおい……村の柵全部壊れてるぜ」
「こんな木なんて今まで一度も見たことも聞いたこともないよ」
「それよりも他に誰かいないか周りを探そう。もしかしたらここの村人とか、他の村から来たやつがいるかもしれない」
村の周辺を探し回ると他にも人がいて、すでに色々と調べていたようだ。
木は地中から生えており、巨大な木が中心にあって、その周りからは大中小様々な大きさの木が生えているらしい。
「――うわぁ!!」
木についての話を聞いていた時、遠くから大きな声が聞こえてきた。
どうやら二手に分かれて反対側を調べていた誰かが叫んだらしい。
急いで現場へと駆け付けると、全員が上を見上げており、何人かが腰が抜けたのか地面に尻もちをついていた。
「みんなして上を見て何があったんだ?」
「あ、あれ。あれを見ろって!」
「なんだよあれって……は?」
見上げた先にあったのは枝に突き刺さった人。
その人物は体に角が生え、そしてこの角村へと移り住んだ内の一人だった。
枝は背中から刺さっていて、首と腹から飛び出ていたが、それが刺さったものじゃないってことは彼を知る誰もが気づいていた。
他にも彼のような村人がいるかもしれないと捜索をしようとした矢先に、軍隊と研究者たちがやってきて角村の周囲一帯を立ち入り禁止となってしまった。
――その後、二週間程度の時間をかけて巨大な木は解体処分され、隠蔽工作が行われた。
『突如、ネパールのヒマラヤ山脈の麓にある森林地帯に一夜にして生えた巨大な木。目撃者も非常に多く、様々な憶測や噂話が広がったため国内外が大騒ぎしていたが、軍の発表によるとあの森林地帯で立体映像装置の稼働実験が行われており、その誤作動によって、あの巨大な木が空中に投影されてしまったとの事。
しかし、その発表に異を唱えているのが巨大な木が出現した周辺の村人たちだ。
彼らの証言によると、あれは立体映像ではなく本当に地面の中から生えていたと話していた』
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