三本角の頭骨
「ねー。この映像とか新聞とかって、今見る必要あった?映像は過去の出来事を再現したドラマだし、新聞は映像で見たことしか書いてないしさぁ……セブンもそう思わない?」
インドへ向かう飛行機の中で手元の新聞の切り抜きをパラパラとめくりながら、最中は不満げに言い、同意を求めるようにセブンへ問う。
しかしセブンはそうでもないと言うように首を横に振った。どうやらセブンは何らかの役には立ったようだ。
「……いやまあ、確かに何が起きたのかは分かったけど……知りたいのは、この骨を回収したインドの研究所の調査報告書とかなんだよね」
最中の話を聞きながら、セブンは腕を組んで頷いている。
まさか用意された紙が地元の新聞紙の切り抜きだとは思ってもみなかったのだろう。
「あの映像を見る限りだと生身の人間は骨が寄生するから二人だけで行くことになってるんだろうけどさ。それならもっと情報が欲しかったな~……なんて、今更言ったって仕方ないんだけど。そういえば骨って回収だっけ?」
今回の目的を最中が聞いていなかったことにセブンは呆れながらも、腕を叩きつける動作をした。
「そうだ破壊だった。……って、こんなやばい物を回収させるわけないか。パパッと壊して、さっさと帰ろ」
二人の乗った飛行機はニューデリーの空港に着陸。
その後現地のタクシーに乗り、ニューデリー郊外にある骨が保管されていた研究所跡へ向かった。
「――え?こっから先は立ち入り禁止区域?……仕方ない。ここで降りるか~」
研究所まであと数キロあるにもかかわらず、二人が乗ったタクシーは研究所のある森の手前で止まってしまった。
どうやら森の入り口に立ち入り禁止の看板と、通行させないための柵が建てられていてこれ以上先には進めないらしい。
ここで一般人の運転手に文句を言ってもどうにもならないので二人とも仕方なく降りたが、最中は愚痴をこぼしている。
「いやぁ……ここからまだ距離あるのにめんどくさいな~。
深いため息を吐く最中を励ますようにセブンが背中を軽くたたいた。
それで気分が切り替わったのか、研究所へと続く一本道を歩いていく。
「研究所跡から大きな骨でも生えてるんじゃないかと思ってたんだけどさー、なんも見えないね。周りが森だからかな?」
タクシーを降りた最中はセブンと話しながら変わり映えしない森の中を歩くこと三十分弱。
後ろ歩きでセブンの正面を歩いていた最中は、セブンが彼女の背後を指差したことで振り返ってみると――。
「なんか開けてるけど、ここが研究所跡ってこと?建物残ってないじゃん……これじゃあ地下の保管施設もぶっ壊されてそうだなぁ」
彼女らの視線の先にあったのは研究所の残骸だった。
事前の資料で見た建物などは一切残っておらず、骨が保管されているはずの地下施設すらも残っているか怪しい状態だ。
「この周りを見てくるから、セブンは――ってもう始めてるし……じゃあ見てくるから、ここは任せたよ~」
セブンは最中が指示するよりも先に瓦礫をどけて、地下保管施設への通路を探し始めていた。
この調子でセブンが瓦礫を片付けていけば、思っていたよりも早く終わりそうだな、と考えつつ周辺の調査へと向かう。
「う~ん……この辺でいいかな」
しかし、調査に向かったはずの最中は研究所跡の近くをしばらく歩き回ると、ピタリと足を止めた。
そこは先ほどセブンと会話した場所から三メートル程度しか離れていない。
辺りを一度見まわした後、地面に片膝をつきながら手を置いた。
すると最中を中心に黒い影がすごい勢いで広がっていき、研究所跡とその周囲の森は最中の出した影に覆われてしまった。
「…………とりあえず地下に通じてそうなのはここと……ここだね」
ぼそりと呟いた後、セブンの近くと少し離れたところに、黒い円柱のような物がまるで目印のように瓦礫の下から生えた。
それを確認したセブンは円柱の周りを片付けている。
「地面には……特に足跡とかもなさそうだし、周りの木にも異常はないかー……中から逃げ出したのはいないよー!」
調査が終わったのか最中が立ち上がりながら大きな声でセブンへと調査結果を言う。それと同時に、周囲を覆っていた影は最中に吸い込まれていった。
「それで中に入れそうなとこはあった?」
最中が目印として出した円柱の周りを調べたようだが、セブンの近くにあった方は残念ながらダメだったようだ。
そして二本目の円柱の周りにあった瓦礫のほとんどをどかし終えたセブンは、この下にありそうだと倒れた大きな壁の下を指さしたあとゆっくりと壁を持ち上げ、そのまま後ろへ倒した。
「お、こっからなら入れそうだよ。さすがに中は真っ暗だったけど、これ見つけたんだ。……まあ必要無いかもしれないけど一応ね」
一足先に中を覗いていた最中が近くで見つけた懐中電灯を持って戻ってきた。
その間にセブンの準備も終わり、懐中電灯を持った最中を先頭に地下保管施設へと続く通路へ入る。
「研究フロアは地上ほど壊れてないね。これだと保管施設は無事そう」
地下の通路に入ってすぐのところにある研究フロアには、所々に血痕が残されていたり、書類や研究道具などが床に散らばっていたが、壁が壊れていたりとか天井が落ちていたり……なんてことは無かった。
「ねーセブン。そっちのは動きそう?……やっぱりパソコンはどれもダメかー」
研究所にある非常用電源も壊れているのか、研究フロアにあったパソコンの電源を手あたり次第押しても反応は一切なし。
「……ここの書類を二人でチェックするのも時間がかかるし、下に行っちゃおう」
エレベータが使えないので、研究フロアから保管施設へと続く階段を降りていく。
事前に見た映像から骨が保管されているのは下層だろうと考え、長い長い階段をひたすら降り、保管施設の危険度レベルの表記がレベル7の階層へ入ると――。
「うわっ!なんだこれ。骨……でいいのかな?」
そこにあったのは壁や床から突き出した角のような物体。
だがその物体をすでに二人は見たことがあったため、それが何なのかはすぐに理解した。
「機内で見た映像で再現されてたのと似てるね。あの骨は多分この階にあるっぽいし、さっさと壊して帰ろう」
通路を塞ぐように壁や床から突き出した強固な骨を、まるで木の枝を折るかのようにセブンがへし折っているが、折られた骨が再生することも無かったし、侵入者である最中とセブンに攻撃を加えるようなことすら無かった。
「――ん?」
セブンの後ろを歩いていた最中が、骨に塞がれた左右に伸びる通路の右側で何かが動いたのを感じ、そちらへ明かりを向ける。
だが、その先に動くような物体は見られなかった。
先頭を歩いていたセブンも何事かと最中の元へと戻り、彼女が見ていた通路を覗き込んだ。
「あれ、おっかしいなー。何かが動いたような気がしたんだけどな……えー気のせいだと思うから別にそっちに行かなくても……ってセブンも気になるの?」
最中は気のせいだと判断したがセブンは気になるらしく、何かが居たかもしれない通路を進む。
しかしその通路には、何らかの生物が通り抜けられるような隙間がほとんど無いくらいに骨が生えていた。
「……さすがにこの細い隙間を自由に動くのは難しいし、やっぱ私の見間違いだったんだよ」
セブンも同じ考えに至ったのか、ひとまずさっきまで進んでいた通路まで戻ることになった。
「あっ――」
セブンの後ろを歩いていた最中が何かを言いかけ、足を止めた。
不審に思ったセブンが後ろへ振り返ると、最中の背後から何本もの骨が突き刺さっていた。
刺さった骨はどれも最中の体を貫通していて手足はだらりとぶら下がっている。
それを見たセブンは驚くような素振りを見せることもなく、腰に手を当てて呆れたように首を振った。
「もーセブンは反応薄いなぁ。ちょっとは驚いてくれたっていいじゃん」
体に骨が突き刺さっているにもかかわらず、最中は何事も無かったかのように話をし始めた。
「……ってのんびり話してる場合じゃないよ。後ろから突き刺してきたヤツ倒してくれない?」
そう言う最中の背後にいたのは、周りにある骨より細い胴体と先端の尖った手足のついた頭部の無い人型のような生命体だった。
その生命体は手足を最中の出した鎖で拘束されており、脱出しようとしているのか鎖がギチギチと音を立てている。
鎖で拘束されていない胴体部分からは何本もの骨が最中の体へと伸びていた。
最中の隣にいるセブンのことを認識したのか、新しく生えた一本の骨が目にも留まらぬ速さでセブンの頭部へと迫った。
だが、セブンはそれを意図も簡単に振り払い破壊し、続けて本体も破壊すると、最中の体に刺さっていた骨も崩れ落ちていく。
骨が刺さっていた最中の体には穴が開いている……なんてことはなく、骨が刺さる前と同じまま。
「動いてたのが骨だったなんて思いもしなかったなー。まさかあんなのが何体もいたら……なんて考えたくないね」
セブンが一撃与えるだけで倒せてしまうほど弱いヤツだったけれども、あんなのが何体もいるかもと考えただけでため息をつく最中。
そして残念なことに、その予想は当たってしまった。
「ちょっ――生えてる骨の中に紛れてるじゃん!しかもさっきのヤツと違ってなんか撃ってきてるし……」
元の通路まで戻り頭骨を探そうと骨を壊しながら進んでいくと、生えていた骨が動き出し、先ほど遭遇したのと同じ頭部の無い人型の骨が現れた。
懐中電灯の光が届かない通路の奥の方でも骨が動いていることから、次々と壁や床から這い出てきているようだ。
しかも先ほど遭遇した個体とは違って、小さい骨の棘をマシンガンのように高速で撃ち出している。
「私は全部通り抜けてくけど、セブンは……大丈夫だよね。後ろからも沢山来てるし、さっさと倒しちゃお」
セブンは前方で骨を撃っている集団を一掃するべく走り出した。
しかし最中はセブンに追随せずに振り返り、その場に片膝をついてしゃがむと、後方から接近していた集団を影を操ってまとめて縛り上げる。
「そっちは全部倒せたー?」
そう言いながら後ろを振り向くと、セブンが最後の一体を壁に叩きつけて粉砕するところだった。
「じゃあこっちのヤツそっちに投げるから!倒すのは任せたよ~」
縛り上げられた数十体の人型の骨は勢いよく投げ飛ばされ、それを淡々と叩き落していくセブン。
すべてを倒すのに三十秒とかからず、セブンの周りには粉々になった骨の破片が山のように積みあがっている。
二人のいる通路にも細かい破片が舞い上がり、仰向けに倒れていた最中が咳き込んでいたが、原因はそれだけではないらしい。
「ゲホゲホッ――なんだかガス臭いんだけど……この階のどっかでガス漏れが起きてるっぽいね」
縛り上げた骨たちを投げた際、後ろに倒れこんだ最中がガスの臭いに気が付いた。
どうやらこの階層のどこかから漏れているようだ。
万が一爆発して骨の粉末が周囲の街まで飛び散ることがあったら、被害の拡大は免れないだろう。
そのため頭骨の捜索を一時中断し、ガス漏れの発生源を突き止めることにした。
――ガスの臭いや配管から漏れ出す音などを頼りに発生源を探し回ると、小部屋にたどりついたのだが、今までとは比べ物にならないくらいの量の骨がその部屋の入り口と周りの通路に生えていた。
「うわぁ……なんだかあの部屋を守るように骨が生えてるんだけど、あそこでガス漏れが起きてるみたいなんだよね。この骨全部動きそうで嫌だなぁ……」
その場からさらに一歩先へと進むと、生えていた骨が一斉に動き出す。
だが、最初に遭遇した時のように不意打ちされたわけでもなく、最中の予想通りだったことから、二人は言葉を交わさずとも無駄のない連携で一分もしないうちに全て破壊。
「……セブンがこんな早く倒せるなら、私が捕まえとく必要なくない?」
そう聞く最中に対してセブンは首を横に振った。
最中がしっかり縛り上げていたおかげで素早く倒せたのであって、セブン一人だと倍以上の時間が掛かっていたかもしれない。
「この部屋からガス漏れの音が聞こえてくるんだけど……ん、これか」
ガス漏れの音を頼りに発生源を探すと、部屋の出入り口付近にガス管が配置されていて、そこの一部分が周囲に生えた骨によって破損したようだ。
「でも何でこんなところにガス管が通ってるんだろ」
最中がガス管をよく見ると、何らかの装置が取り付けられていることに気が付いた。
それはガスを噴射させるためなのか、筒状の機械が部屋の内部に向けて配置されている。
「それにしてもこの部屋狭いなぁ。なんでこんな――」
異様に狭い部屋を見まわした際に最中の視界にセブンの姿が目に入ったのだが、彼が振り上げた拳を、筒状の機械の噴出口が向けられている壁に叩きつける瞬間だった。
「ちょっと待って!何でいきなり壁殴ったの!?……え?見たら分かるって、どういうことなのさ」
セブンの起こした行動があまりに突然だったものだから、驚きのあまり大きな声が出てしまった。
だが、どうやらセブンには何かしらの考えがあったらしく、ここを見ろと言わんばかりに自身が破壊した壁を指さしている。
「いやいや、なんでセブンが一回殴っただけで破壊できてんの?しかもこの壁の材質って……もしかして骨じゃない?」
普通、変異物を保管するための部屋はとても頑丈に作られており、セブンのように力のある者が一回殴った程度で破壊できるはずがない。
セブンが壊した壁。そして床に落ちた破片を観察していると、この部屋に来るまでに破壊してきた骨の破片と同じような物体であることに気が付いた。
セブンはすでにそのことに気づいていたのか、特に驚くような反応は見せず、再び壁を壊し始めた。
この壁の中に何があるのか気になっていた最中だったが、このような偽装のようなことをするくらいだから、ここに目的の頭骨があるのだろうと確信していた。
それよりも気になっていたのが部屋に通されていたガス管と、そこに取り付けられた装置だ。
これ説明書のようなものは部屋の中に一切なかったが、入口に配置されていることから保管されている頭骨に対して有効な武器――おそらく火炎放射器なのだろう。
「――これ火炎放射器っぽいし、こいつらって火に弱いんじゃないかな?流石に壊れてるから使えないけど……持ち運びできるのをどっかで見たんだよ。ちょっと探してくる」
最中はこの階層のどこかで見た火炎放射器を探しに部屋を出て行った。
人型の骨と遭遇するかもしれないから、最中だけで行動させるのが心配だったセブンだが、彼が壊していた骨の壁が再生していることに気が付いた。
……いや、正確には再生というよりも、内側から壁が新たに作られていると言った方がいいかもしれない。
凄まじい速度で再生する壁から逃れようと後ろに下がろうとすると、すでに退路は塞がれており、再び破壊して脱出する暇もなくセブンは壁に飲み込まれてしまった。
「火炎放射器あったよー。どこも壊れてないし、ちゃんと使えたし――あれ?セブンいないじゃん。それに……なんかさっきよりも部屋が狭くなってる」
火炎放射器を探しに行った最中が戻ってくると、セブンの姿は見えず、壊していたはずの壁も傷一つない壁に戻っていた。
部屋の大きさも出て行った時より、さらに狭くなっていたことから間違えた部屋に戻ってきたのかと入口付近にガス管があるかを確認する。
「おっかしいなぁ……ガス管は出ていく前と同じなんだけどな。さっきと同じ部屋に戻ってきたはずなんだけど……なんだろうこの音。壁の中から聞こえる気がする」
とても小さくだったが、壁の中からコンコンと叩くような音が聞こえてきた。
「……まさかセブンが叩いているわけじゃないよね?」
怪しさを感じながらも姿を消したセブンかもしれないと、呼びかけてみる。
すると最中の声に答えるように先ほどよりも少しだけ大きな音が聞こえてきた。
「は?中に閉じ込められたの?脱出は……できるならとっくに脱出してるよね。私じゃどうしようもないし、今から燃やすからねー!」
壁の中にいると思われるセブンに聞こえるように大きな声で呼びかけ、返事を待たずに持っていた火炎放射器の引き金を引く。
噴射口から放たれた炎は真っ暗な保管庫を明るく照らし、正面の骨へと襲い掛かる。
最初は骨に対して火が効果あるのか疑ってはいたようだが、炎を浴びて燃え始めた骨の壁はキィィィ!、とまるで叫んでいるかのような甲高い音を発した後に灰へと変わっていく。
「おーい。生きてるか~?」
そう呼びかけた最中に答えるかのように灰の山からセブンの腕が伸び、無事だと言うように手を振っている。
「ちょっと煤けてるけど、無事そうだね。ええっと……これが目的の頭骨か。大きさが再現映像と同じくらいなのは意外だったなー」
立ち上がったセブンの足元には、巨大な生き物の頭の骨が転がっていた。
この部屋にあった骨の壁や周囲に生えていた骨は、これを守るために作り出されたものだったのだろう。
大きさや形も飛行機内で見た再現ドラマとほぼ同じではあったが、三本の角だけは燃えてしまったようで、角が生えていた痕跡しか残っていなかった。
「この骨に生えてた骨も一緒に燃えちゃったみたいだし、一応目的は達成ってことでいいんだよね?じゃあ先に
最中は背負っていた火炎放射器の燃料タンクをその場に置くと、一足先に地上へと戻っていった。
だが、セブンは最中の後を追って部屋を出ることはなく、灰に埋もれている頭骨をただじっと、この頭骨の僅かな変化を見逃さないかのように見つめている。
「…………!!」
そう見つめること数分。セブンは何らかの変化を感じたのか頭骨を粉々に砕き、最中が置いていった火炎放射器を使い炎を浴びせた。
すると砕かれた頭骨の破片から甲高い音が鳴り、焼き尽くされた破片は跡形もなく灰へと変わっていく。
全て燃え、灰になったことを確認したセブンは火炎放射器を置き部屋を出て行った。
ニューデリーの空港から日本の研究所へ仕事が終わったとの報告をするために電話を掛けると――。
「――は?帰れないってどういうこと?」
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