楽園から来たのは——(後編)

(——あいつらだ。すっとオレたちを見てたヤツは)

「……え?」


テーブルから頭を少しだけ出して店の入り口の方を見ている毛玉が言ったことを、茜は理解できずにいた。

毛玉の言ったことが本当だとしたら、今あそこにいる三人は園芸店から彼女の事を見ていた——もしくは監視していた、という事になる。

毛玉と一緒に園芸店を見ていた時に見られていると毛玉に言われたが、それは彼女が海外よそから来た人間だから珍しがっているのだろうと考えていた。

もしくは気のせいか、毛玉の考えすぎだろう、と。

だがそれは茜の気のせいでもなく、毛玉の考えすぎでもなかった。


「えーっと……あそこにいる三人が園芸店からずっと……見てたってことでいいんだよね?」

(さっきからそう言ってるだろ!あいつら怪しいし、何かたくらんでるぞ)

「そうかな?私には普通の人にしか見えないけど」


気づかれないように外を見ると、その三人は店の外の席に座っていた。

店内にも四人掛けの席が二つほど空いていたから、そこに座ればいいのに入ってこないのは、茜たちを見てたことを後ろめたく思ったのか、それとも監視を続けるためなのか……もしくはただの偶然かもしれない。


(……なあ、茜があいつらの心を読めばなに考えてるか分かるんじゃないか?)

「え~……あんまり気が進まないなぁ。だって無関係かもしれないじゃん」


毛玉から心を読めと提案されたが、あの人たちが悪い人だって確証がない限り、それはやりたくなかった。

過去に見た両親の記憶ウソみたいな記憶モノがあの三人の誰かの中にあるかもしれないからだ。



「どうしたの?さっきから入り口の方ばかり見てるけど……何か気になることでもあった?」

「あー……いや、まあ気になってるけど……ねえ、おじさんに言ってもいいかな?」

(あいつら怪しいんだし、別にいいだろ)


おじさんに例の三人組の事を言おうかどうか迷ったのは、彼らが怪しくなさそうに見えたからだった。

確かに彼らの行動は怪しいものだったかもしれないが、もし彼らが園芸店からずっと怪しい行動をしていたのなら、喫茶店ここに来る前に誰かに声をかけられたり、通報されていたとしてもおかしくない。

だが外の席に座っているのを見る限りでは、他の客とも親しげに会話をしているように見えることから、おそらく彼らはこの村の住民なのだろう。

なので、もしかしたら何か理由があるのかもしれないが、それは彼らを含めた村の人がいい人だった場合の話だ。悪い人たちだった場合は……唯一の戦力である毛玉に蹴散らしてもらうしかない。


「えっと、気になってるのは外の席に座ってるあの三人なんだけど、私たちの事を見てたって毛玉が言っててさ、私も気になってるんだけど……どうしよっかなって」

「そんなに気になってるのなら聞いてくるよ」


おじさんのその提案は茜からしたら嬉しいものだった。

茜は英語が分からないし、仮に理解できたとしても一人で聞きに行く勇気はなかったからだ。

それに気になっているとはいっても彼から提案をされなければ、これ以上追及する気は無かったし、毛玉に言われるまで気が付かなかった茜自身も興味をなくしていたことだろう。


「おじさんたち、なに話してるんだろう」

(あいつら普通に話してないか?)


二人の視線の先ではおじさんと例の三人が話しているのが見えた。

最初はケンカとまではいかないけど、おじさんは険しい表情で話すかと思っていたのに、実際は楽しそうな雰囲気だ。


「普通にっていうか、楽しそうに見えるけど……」

(まさか、騙されてるってことは無いよな)

「流石にそれはないんじゃない?」


おじさんが騙されてるんじゃないかと毛玉は疑っていたし、茜もあの三人が一芝居打っているんじゃないかと初めは考えていたが、その考えはすぐに消えてなくなった。

だって、海外からのスパイも来る研究所で働いているおじさんが、一般人の嘘に騙されるはずが無いからだ。

まあ、相手が超能力者とかだったら話は変わってくるけれど……その可能性は低いだろう。


(なあ、もう戻って来るぞ)

「本当だ。まだ五分も経ってないのにもう終わったんだ」


たいした事は話さなかったのか、僅か数分で戻って来た。

席に戻ってくるまでのおじさんの表情に茜は注目していたが、怒っているような感じもしなかったし、ただ楽しく話しただけのようだ。


「ねえおじさん、楽しそうに話してたのが見えたんだけど、どんな話をしてたの?」

「そうだな……手短に言うなら、あの人たちは君たちを見てたよ」

(やっぱりな!オレは怪しいと思ってたんだ!)


なんで見てたのか理由があるはずだし、すぐに理由を聞こうかと思っていたのに、予想が当たって騒ぎ始めた毛玉を見て、茜は呆れたようにため息を吐いた。


(なんで降ろすんだよ)

「うるさくって話が聞けないんだもん……それであの人たちが見てた理由って何だったの?」


なかなか静かにならない毛玉を膝から降ろし、見ていた理由を聞く。

床に降ろされた毛玉は何か言いたげな顔をしていたが、茜のもっともすぎる言い分に何もい返せず、大人しく残っていた牛乳を飲んでいた。


「理由は、君たちが会話しているように見えたからって言ってたよ」

「気付いてたんだ……分かんないと思ってたんだけどなー」


もし日本だったら毛玉と外に出かけたとしても、一般人が居るところで会話することは無かっただろう。

しかし茜が人目も構わず毛玉と話していたのは、ここは海外だから独り言だと勘違いしてくれるんじゃないかと油断していたからだ。

だが、その理由を聞いても分からない事が一つだけあった。


「でも、毛玉と話してるように見えたってだけで、何でここまでついてきたのかが分かんないんだよね。ねえおじさん、あの人たちは私か毛玉に聞きたい事でもあるんじゃないの?」


茜たちの事を見ていた理由がおじさんの言った通りなら、毛玉と会話で来ているように見えただけ。あの三人は茜と毛玉が会話しているように見えただけで、会話していると確信を持ったわけではない。

そして、園芸店からこの喫茶店に来るまで約二時間。その間、ずっと茜の後をつけてきたのだとしたら、良いか悪いかは不明だが何かしらの理由があるはずだ。


「実はもう君に頼み事があるみたいなんだ」

「頼み事って……私が動物と話すことなんじゃないの?」


今までの話の流れからして、彼女の頭の中にはそれ以外に思い浮かぶ事が無い。

もし頼み事が動物と話すこと以外だったとしたら、文句の一つや二つ言っても罰は当たらないだろう。


「君の言う通り、頼まれたのは彼らの飼っているペットの悩み事さ」

「……その悩み事って?」

「二、三日前から彼らの飼っているペット、主に犬や猫たちが外に出るのを怖がっているみたいなんだ。それに外に出たくない理由も全く分からないみたいで困っているらしくてね」

「そこで見つけたのが毛玉と話している私だったんだね」


理由を聞いた茜は考え込んでいた。

もし彼女があの三人組の立場だったら、彼らと同じような行動をとっていたかもしれないからだ。……まあ見られている側からしたら気味が悪いとしか言いようがない。


「君がよければ、この後ペットのいる家に行くことになるけど、どうする?」

「私は行ってもいいよ。毛玉も行くでしょ?」

(暇なんだから行くに決まってるだろ。でも聞くのは茜がやれよ)

「分かってるよ。毛玉が話したら喧嘩になりそうだし」

(オレはそんなに短気じゃないぞ!)


牛乳を飲み終えて床に伏せていた毛玉が呆れたように返事をした。

これから何軒もの家に行くことになりそうだからと、すぐに店を出て外の席に座っていた三人と合流し、彼らの家へと向かう。


「なんで外に行きたくないんだろうね。毛玉は何か思い当たることとかない?」

(さあな。まだ三日なんだろ?出かけたくない気分なんじゃないの)


前を歩いているおじさんたちの話し声を聞きながら、茜も気になっている事について考えていた。それはペットたちが外に出たくない理由だ。

今回の調査の件と関係しているんじゃないか、と茜は予想していた。

そして彼女は毛玉が何かヒントのようなモノを言ってくれないかと期待していたが、残念ながら毛玉はあまり興味が無いみたいで、期待したような答えは返ってこなかった。


「さ、着いたよ。最初は彼の——ジョージさんの飼っている犬から話を聞こう」


到着したのは喫茶店と同じ通りにある一軒家。その家は三人の内の一人であるおじいさんの家らしい。ジョージ以外の二人は家の前で待っているようだ。


「おじゃましまーす……」


家主であるジョージに続いておじさんと茜、そして毛玉と一緒に家の中へと入る

家へと入る際に茜はあまりの緊張で小声になっていて、隣を歩いていた毛玉が心配になったのかジッと茜の事を見ていた。


「私が話を聞くのって、あのだよね?見た感じ普通だけど……」


リビングに案内されるとジョージの飼っているコーギーがソファに寝そべっていた。

外に出たくないって聞いていたから怯えているのかと思っていたが、特にそんな怯えているようにも見えない。


「普通に見えるのは家の中にいるからじゃない?彼が知りたいのは外出したくない理由だから、とりあえず聞いてみてよ」

「うん、分かった」


それだけ言ってからソファへと近づき、隣に座る。

コーギーはチラリと茜を見るだけで、吠えたりすることも移動する事もなかった。


「こんにちは」

(…………)

「外に出たくないって聞いたんだけど、何か理由があるの?キミの飼い主さんも心配してるみたいだよ」


チラリと飼い主の事を見た後、ゆっくりと立ち上がって茜の方を向いた。

最初は警戒していたからなのか返事も何もしなかったが、飼い主であるジョージが心配していたと分かったから、話す気になったのかもしれない。


(この前ジョージと一緒に散歩に行った時、地面の中から聞こえてきたんだ)

「聞こえてきた……って何が聞こえたの?」

(声だ。小さい声。あれは……多分犬だと思う。それと岩がぶつかったり、砕けたような音も聞こえた気がするんだ)

「君が外に出たくないのは、その音が原因なんだね」


このコーギーが外出したくない理由は判明した。

しかし、この村にいる外に出たくない犬や猫たちが、同じ音を聞いたのかはまだ分からないので、結論を出すにはまだ早い。

もし、次に行く家のペットが同じことを話したのなら調査する必要があるだろう。


「——地面の中から犬の鳴き声とかが聞こえたんだって」

「地下から鳴き声が聞こえた……ね。今調査してる楽園の話やつと関連がありそうだなあ……」


次に向かったのは三人の内の二人目。ジェニファーの家だ。

ジェニファーが飼っていたのは上品そうな猫だった。白く長い毛をしており、見ただけでちゃんと手入れされているのがわかる。


(外に出たくない理由?最近この辺の地下……なんだか変なのよ。そんな気味の悪い場所を歩き回りたくないからに決まってるじゃない)


そして三人目のマイケルの家にいたのは大きな犬。

この犬は気が弱いらしく、マイケルの布団の中に潜って震えていた。


(マイケルと近くの公園で遊んでたら、地面がいきなり揺れたんだよ。次いつ揺れるのか分からないから、それがもう怖くて怖くて……)


三人の飼っているペットから話を聞き終えた後も、どこからか茜の噂を聞きつけた人たちが自分のペットにも聞いて欲しいと殺到したため、他の家にも行くことに。




「外に出たくない理由、みんな同じだったね」


あれから十数軒の家を周って話を聞いたが、大半のペットに共通していたのは地中から何かが聞こえたとかだった。

しかし中には、それ以外の話をしたペットもいた。


(何日か前に庭で遊んだり、お昼寝したりしててね。その時、今まで見たことないすごくでっかい鳥が、餌を見るような目でボクを見てたんだ)


(家族みんなで近くの森にピクニックに行ったんだけど……大きい目がこっちを見てたの。あれから外に出るのが怖くなっちゃった……)


色々な話を聞いたが、地中に関係する話が多かった中で茜の記憶に残ったのは、主にこの二つの話。


「でも全然違う話をした子もいたけど……おじさんたちの調べてる楽園の話とは関係なさそうだよね」

「う~ん……どうだろう。今の調査が終わって時間があったら調べてみてもいいかもしれないけど、とりあえず宿に戻ろう」




「ずっと話を聞いてた中で何か気になる話とかあった?」


宿までの帰り道、今まで静かに話を聞いていた毛玉に聞いた。


(オレが気になったことか。そうだな……地中に何があるのかは気になるな)

「何か聞こえたりした?他に聞いた話で出てきたやつでもいいけどさ」


地中から何かが聞こえるとの話を聞いてから、茜は地面が揺れたり何か聞こえてこないかと気にしていたが、何一つ変化は感じていない。


(いや何にも聞こえないぞ)

「そっか……ねえおじさん、さっきまでの話って楽園に関係してたりする?」

「流石にまだ分からないかな。今言えるのは、この村の地下に空間があるかもしれないって事くらいだね」

「なーんだ。あれだけ話を聞いたのに……ってあれ?毛玉がいないや」


ついさっきまで茜の隣を歩いていた毛玉の姿が無かった。

きょろきょろと辺りを見回すと、後ろの方で立ち止まって別の方向を見ている。


「毛玉が見てるのって、どこなんだろう」

「あの方向は楽園に続くって言われてる洞窟があるところだ」


今まで毛玉が洞窟のある方向を気にしたことも無かったのに、なぜ今になって急にそっちの方向を見つめているのかは全く分からない。

けれども、毛玉が視線を感じた時と同じように、洞窟の方向に何かを感じたのかもしれない。


「ん?これ……犬の鳴き声かな……?」

「ほんとだ。どこから聞こえてくるんだろう?あ!ちょっと、どこ行くのさー!」


突然どこかから犬の鳴き声が聞こえてきたことに驚いていたし、困惑もしていた。

犬の鳴き声なんて、ここに来てからは外で一度も聞くことが無かったし、なによりも外に出ているのを一度も見たことが無いからだ。


鳴き声の元を探すために辺りを見回していたら、さっきまでじっと洞窟の方向を見ている動かなかった毛玉が駆け出した。その行き先は例の洞窟のようだ。

それにいち早く気づいた茜も急いで追いかける。


毛玉は村を抜けて、近くの森の中へと入って行く。

森を目の前にした茜は森へ入ることをためらった。さっき聞いた話で、森で大きな目に見つめられたと言っていたからだ。

だが茜が足を止めたのは、わずか数秒。すぐに森の中へと入り後を追う。


「や、やっと追いついた……」


息が途切れ途切れになりながらも、毛玉に追いつくことができた。

毛玉は洞窟の入り口から少し離れたところで立ち止まり、注意深く洞窟を見ている。

それにならって慎重に周りを見渡すが、茜の目に映るのは緑の木々だけ。


「なんでこんな離れたとこから見てるのさ。洞窟が気になってるなら、もっと近づいた方がよくない?」


この辺りに鳴いていた犬がいるからここまで来たのかもしれないが、周囲に犬の姿は見えないし、鳴き声一つ聞こえない。

もし犬がいるのだとしたら、あの洞窟しかないのに毛玉が一向に近づこうとしない理由が茜には分からなかった。


(……茜は何も聞こえないのか?)

「聞こえないのかって言われても……犬の鳴き声なんて聞こえないけど」

(オレが言ってるのは犬の事じゃない。岩がこすれるような音と、何かが歩いているような音がするんだ)


そう言われたので耳を澄まして聞いてみても、そんな音はどこからも聞こえない。


「う~ん、私には全然聞こえないや。——ん?」


何か違和感を感じた茜はふと、足元を見ると地面に生えていた背の小さな草が微かに揺れていることに気がついた。

とっさにその揺れている草の近くへと手を近づけ、風の有無を確認するが風は全く吹いていない。

今度はその手で地面に触れると、ズシンズシンという地響きのような振動が伝わってきた。最初は小さかった振動が少しずつ大きくなっている。


「この揺れ……だんだん大きくなってない?」

(そろそろ出てくるぞ)

「それならここから離れた方がいいじゃん。早く逃げようよ」

(それはダメだ。だってあそこから出てくるのが危険なヤツだったら、倒せるのはオレたちしかいないだろ)

「オレって私何も入ってるのさ……」


洞窟から出てくるぞなんて言われたら逃げ出したくもなる。しかし毛玉は逃げる気は無く、戦うつもりのようだ。そして戦闘能力が無いのになぜか戦力の一人に含まれている茜。

それに納得いかず、深いため息を吐いた。


(何でため息を吐いてるんだ?茜だけじゃ村まで戻れないだろ)

「それが分かってるからだよ……」

(おい、出てきたぞ!)


振動の大きさから考えると、すごい大きいか重いかのどちらかだろうと予想していたため、急いで木の後ろに隠れて息を殺して洞窟の方を見る。


「——えっ?あれって犬だよね」


茜の視線の先にいたのは一匹の犬だった。その犬の大きさは小さく、外見はポメラニアンのような姿をしている。


「なんだ……犬かぁ」

(まだ立つなよ。あいつが安全なヤツって決まったわけじゃないだろ)

「隠れてても匂いですぐ気づかれると思うんだけど」


毛玉と会話している間にも犬は出てきた洞窟から逃げるように離れていく。

するとその途中に茜たちの匂いに気づいたのか、彼女たちのいるところに駆け寄って来た。


「あの犬なんだか逃げてるように見えない?しかもこっちに来てるし」

(それならあいつから話を聞くか)


隠れていた茂みからのそのそと出ていく毛玉。それを木の後ろから顔だけ出して見ていると、それに気づいた犬が大きく吠えて何かを言い始めた。


(そこの人たち、危ないから早くここから離れてください!)

「や、やっぱり逃げた方が——」


犬の話し方があまりに切羽詰まった言い方だったので、茜も少し不安になっていた。

そして毛玉に呼びかけた時、洞窟が内側から爆発したかのような衝撃が辺りを襲い、砕けた岩石の破片や折れた枝が飛び散った。

破片は洞窟を中心に扇状へ飛散したため、洞窟の正面にいた茜たちの元にはすごい数の破片が襲い掛かる。


「ひぃー!」


洞窟が爆発したのとほぼ同時に木陰に隠れた茜は怪我をすることは無かったが、破片が勢いよく木に刺さる音や、木で防げなかった破片が彼女の体を掠め悲鳴を上げた。


「毛玉たち大丈夫かな……それにしても今の爆発は何だったんだろう」


破片が飛び散る音が止んだのを確認し、木陰から静かにゆっくりと顔を出して毛玉たちの様子を確認する。

爆発の直前に毛玉と犬がいた場所には、木を始めとした障害物の類が一切なく、無数の破片を浴びたはずだ。


「やっぱり毛玉は無事か。じゃああの犬は……あれ!?生きてる……それに怪我もしてない……」


超能力が使える毛玉はよくて無事、悪くて怪我くらいだろうと思っていたため心配はしたけれども、そこまでではなかった。

だが、犬の方はというと、ちょっと変な汚れかたをした緑色の毛の犬くらいの認識しかしていなかったので、毛玉が助けていなければ死んじゃってるかもしれない、と思っていたが茜の予想に反して犬は生きていた。

それも傷ひとつ無い状態で。


(いつまでぼーっと突っ立ってんだっ!)

「いたたた……いきなりお腹に体当たりしなくても――」


犬が無傷だったことに驚いて観察するように見ていたら、怒った毛玉が勢いよく体当たりしてきた。

あまりに急な事だったので受け止めきれずに尻餅をついてしまったので、文句の一つでも言ってやろうかと話し始めた時だ。

ついさっきまで隠れていた木が、勢いよく飛んできた岩によって真っ二つに折れてしまった。

岩が命中した場所は、先ほどまで立っていた茜の頭があった場所。

……どうやらこの岩は茜の頭を狙って発射された物のようだ。

そして毛玉が体当たりしたのは、ただ怒っていたわけではないらしい。


「ちょっ――あれなに!?」


岩が飛んできた方向――爆発して大きくなった洞窟の入り口付近には、大きな人影があることに気が付いた。

その影は通常の人間の大人と比べても非常に大きい。

よく見るとその人影の体は人間のような体ではなく、ゴツゴツとした岩のような体をしているようだ。


(オレにわかるわけないだろ……お前が連れてきたんだから手伝えよな!)

(わ、わかってますよっ!)


特に息を合わせることもなく、二匹はほぼ同時に岩の巨人へと走り出した。

最初は茜に狙いを定めていた岩の巨人も二匹の迎撃へと切り替えたのか、二匹へ向けて次々と岩を投げ飛ばしていく。

毛玉は投げられた岩を避けることはせず、渦状のエネルギーを放出することで岩の中心を貫き粉々に砕いている。

そして茜が注目していたのはあの犬がどうやって飛んでくる岩を回避するか。

先ほどの攻撃を無傷で切り抜けたのは何らかの超能力を使えるのではないかと考えていて、それを今見られるかもしれないと思い、犬が超能力を使う瞬間を見逃さないためにじっと見つめていた。

犬の元へ岩が投げられたのはすぐのことだった。しかし岩が接近しているにもかかわらず、ルートの変更することも避けるようなそぶりもしない。


(うそ!あの岩避けないの!?……どうしよう毛玉に助けてもらうしかないよね」


岩の巨人の標的にならないように背を低くして様子を見ていたが、毛玉に言って助けてもらおうか悩んでいた時だ。


「……んん?今、岩が落ちたような……」


岩が犬に当たる直前、まっすぐに向かってきていた岩が突然真下に落っこちたのだ。

今目の前で起きた一瞬の出来事が理解できなかった茜は、一度ごしごしと目をこすってからもう一度見ると、投げられた岩が落ちていて、さっきの出来事が嘘ではないと理解できた。


「やっぱりあの犬って超能力が使えたんだ……近づいてきた物を落とせる超能力やつなのかな?それじゃあ攻撃できるの毛玉だけってことなんじゃ……まあ大丈夫か」


それを見た茜は犬の使った超能力の予想をしていた。

だが、犬の使う超能力が周囲の物体しか落とせないのだとしたら、あの岩の巨人を倒すのにはあんまり貢献できなさそうだなと思っていたのだが――。


「あれ、全然動かなくなっちゃった。でも、なんだか足元が変なような……」


近づいてくる毛玉と犬の二匹に対して岩を投げていたのに、ピタリと動きが止まっていることに疑問を抱いた茜は、岩の巨人の全身をくまなく見ると足元の変化に気が付いた。

岩の巨人の足が地面にめり込んでいたのだ。

そのめり込んだ姿を見たとき、先ほど犬が超能力を使って落とした岩を思い出した。

見比べてみると、地面へのめり込み方がよく似ているように見えた。


「あれは物を落とすんじゃなくて、多分重くさせる超能力なんだ」


なんて呟いているうちに岩の巨人の胴体をエネルギーの渦が貫き、体はバラバラに崩れ落ちていく。


「みんな、怪我はない?」

(あの程度でケガするわけないだろ。――で、お前は何なんだよ)

(ボクですか?マルチって呼ばれてました!)


返事によっては攻撃する気なのか鋭い目つきで犬を見ている毛玉に対して、茜に向けて元気よく名前を言う犬のマルチ。

まさかこんな状況でマルチが名前を言うと思っていなかったのか目を丸くしている。


「……とりあえず帰らない?私は疲れちゃったし、毛玉も土で汚れてるから洗ってきれいにしないと。マルチは全身緑色になっちゃってるし……」


この二匹を洗うのに時間がかかりそうだなと考えながら村へと続く道を歩いていく。

茜の前を歩く二匹は並んで歩いているが、決して仲が良くなったとかそういうわけではない。

マルチは何ともなさそうだが、問題は毛玉だ。後ろから見ても気が立っているのが分かるくらい機嫌が悪いみたいだ。

このままだとケンカになるのは時間の問題だった。


「…………はぁ」


仕方ないと言わんばかりにため息をついた茜は二匹を抱きかかえ、村に向かうことにした。

二匹は小さいとはいえ同時に抱えていくのは茜にとって少し重かったけれど、帰る途中でケンカになるよりはマシだと思ったからだ。

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