危険度:レベル2 捻じれた木の輪
『————皆さんはこの、不可解な事件を覚えているでしょうか?多くの人は、クリスマスに起きた事件といえば思い出す人も多いと思います』
『——犯人は数日にわたって住民を殺害し、遺体をバラバラにしてどこかへ持ち去ったのか、殺害現場には遺体の一部しか残されていませんでした。そして現場には犯人のものと思われる足跡や凶器の傷がいくつも残されていたのですが、どの証拠も犯人へとつながるものではなかったのです』
『——事件から数年後、事件現場の写真が公開されたのだが、物議をかもしたのは建物内を撮影した写真だった』
『銃を撃たれたのか壁や床に残されていた丸い穴。誰もがこの穴は銃弾が開けたものだと思ったことだろう。しかし、同時に公開された一部の捜査資料には、現場からは弾丸は一発も見つかっていないと書かれていたのだ』
『この丸い穴は他の写真にも写っていて、特に地面や壁に多く残されていた』
『——だが、それだけではなかった。現場に残されていた遺体を引きずったと思われる血痕はすべて最初の事件現場へと向かっているようだった。警察も同じようなことを考えたのか、最初の事件が起きた一軒家を徹底的に調査した事が捜査資料にも書かれている』
『その調査で判明したことは家の中にあった引きずられた痕跡もある部屋に向かっていたようだ。その部屋はクリスマスツリーや、クリスマスリースなどのクリスマス飾りが施された部屋だったという事だけで、それ以外は何一つ分からなかったというのだ』
「はぁ……こんなつまんねぇものじゃなくて、無難な映画でも見てりゃよかったよ」
一人の男が大きくため息をついて、前の座席に取り付けられていたモニターの電源を切った。どうやら今まで見ていた番組が気に入らなかったようで、ぶつぶつと文句を言っている。
この声がそこそこ大きく、他の乗客がいたら迷惑極まりないが、この飛行機内には彼を含めて約十人程度しか乗っていない。
しかし、それでも迷惑であることに変わりないが、誰一人注意する者はいなかった。
それは面倒だとか、この男の外見が怖いとかではなく、ただ単にこういうやつだと分かっているし、慣れているから、いつもの事だとスルーしているだけだった。
その様子を見て呆れたように肩をすくめている者が一人いた。
男の近くの席に座っていた防護服を着た体の大きい人物だった。他の者たちは無視をしていたのだが、わざわざ反応するという事はある程度仲が良いのだろう。
「仕方無いだろ。タイトルだけは面白そうだったんだし……ってか、セブンは何見てんだ?——あぁこの映画か。俺もこっち見とけばよかった」
セブンと呼ばれた人物が見ていたモニターを覗くと、そこには映画が映っていた。
それは名作と言われるSF映画で、この男も何度も見ている作品だった。
さっきまで見ていた未解決事件を集めたドキュメンタリー番組を見ていたことを後悔しているようだ。
「そういや、到着予定って何時だったっけ?」
そう聞かれたセブンは話せないのか、映画を見ているから話す気が無いのか、窓の外を指さすだけ。
この男もセブンが話せない事を知っているのか、さっきまで文句ばかりだったのに対し、ただ黙って窓の外を見に行こうとしていた。
「おい
「は?もうそんなに時間たってたのか……なんだか時間を無駄にした気分だ……」
同乗者の一人が男の事を悪魔と呼んだ。
それが人の名前だなんて到底思えないような名前だが気にする様子もない。
むしろ気にしていたのは長いフライト時間を無駄にした事だった。
「特にぶっ壊れてないんだな」
事故が起きた研究所へと車で向かう道中。その街並みを見た悪魔が意外だとでも言うようにつぶやいた。
今から向かう研究所にも悪魔が所属している日本の研究所と同じように、様々な種類の変異した物や生物がいると考えていた。
そこにいる変異物や変異生物の詳細は知らなかったが、少なくとも攻撃性の激しい気性の荒い奴の一匹や二匹はいるはずだ。
それに変異物の実験の過程で新たな変異生物が生まれる可能性だって少なくない。
その研究所が事故によって破壊されたのだから、危険度の高い変異生物が逃げ出していてもおかしくはなかった。
「この近辺でそういった報告とかは無いな」
「ふーん……逃げだして遠くに行ったって事なのかね。それとも逃げ出してるけど攻撃する気が無いのか、まだやってないだけか——お前はどう思う?」
同行している研究員は無いというが、悪魔はそれを易々と信じる事は無かった。
そしてセブンは分からないと言いたげに首を横に振るだけ。
「それにしても今回の目的はデータの取得だっけ?それだけなら俺たち……少なくとも俺は来なくてもよかっただろ」
彼らの目的は研究所にある変異生物のデータ。
それを入手し、カナダで変異生物を追っている最中たちに報告する事。
もし、データを取って来るだけなら研究員だけで十分だし、戦力が必要ならセブンだけでも問題ないはずだ。
なのに今回はセブンに加えて悪魔まで呼び出され行くことになった。
彼はその事があまり納得いっていないらしい。
「それは無理。聞いてるだろうし、ある程度わかっているとは思うけど、今から行くとこは事前情報が一つもないんだよ。何があるのか、何がいるのか。そしてどんな実験をしていたのか、そしてその結果とか。全部が不明だから、二人に来てもらう事にしたんだ」
「なるほどねぇ……」
研究員が長々と説明していたが、微塵も興味が無さそうな返事をした。
研究員としてはただ一緒に来てもらえるだけでよかったので、聞いていたのか聞いていないのかはどっちでもよかった。そして文句を言って途中で帰られるんじゃないかとの危機感が少しはあったが、それも問題は無さそうだった。
「そういやさ、お前も文句があんなら言っといたほうがいいぞ。何でも二つ返事で受けてっけどよ……文句の一つや二つあるだろ?」
いきなり悪魔からセブンに対して発せられたその言葉に同乗していた研究員たちはドキッとしたことだろう。
セブンは人がいい。
だからこそ、研究員たちを手伝ってくれるし、今回のような面倒な事だって嫌な顔をせず——まあセブンの顔は見えないが、快く手伝ってくれる。
今ここでセブンが本音をぶちまけたとして、やりたくはなかったけど仕方なく手伝っていたなんて言われでもしたら、罪悪感でいっぱいになるだろうし、今後こう言ったことを手伝ってくれることも無くなるかもしれない。
そういったことを含めて研究員たちは今、冷や汗をかき、内心震え上がっている事だろう。
「——は?ないって……文句の一つもか?」
セブンは首を横に振った事に悪魔は珍しく驚いていた。
まさか不満が一つも無いとは思わなかったのだろう。その後も何回か同じような事を聞いても、セブンは変わらず首を横に振るだけだった。
その様子を見た研究員たちは表情には出さなかったが、みんな内心ほっとしていた。
だって今まで彼らが頼んでいた仕事に対して不満を持たれていなかったのだから。
「——これ本当に爆発事故なのか?」
「一応そういう事になってる。そもそも生存者がいないから、何が起きたのかすら不明だし」
目的地である研究所は事故の影響なのか外壁はボロボロで、壁の一部には大きな穴が開いており、周辺には剥がれた外壁が散乱している。
しかし、爆発事故にしては規模が大きすぎた。
この研究所が日本と同じ基準で建てられているのかはわからないが、ある程度頑丈な設計ではあるはずだ。
爆発の規模は不明だが、その研究所が爆発事故程度でここまでの被害が出ていることから、これがただの爆発事故ではない事は明らかだった。
建物内は薄暗く、持参したライトで照らしてみると——
「おいおい……なんだよ、これ」
壁や天井から崩れ落ちた大小様々な瓦礫と、複数の死体がそこら中にあった。
こういったものを見慣れていない若い研究員たちは皆、気分を悪くしたのか口元を抑えながら急いで外に出て行った。
その様子を見た先輩の研究員は、仕方がないかとでも言うようにため息をつくと、無線で指示を出している。
「おーい。ちょっとこっち来てくれ!」
辺りを調査していた一人が何かを見つけたのか、大きな声を出して呼びかけた。
中にいた全員が彼のもとに行くと、これを見てくれと言わんばかりにライトで地面を照らしている。
「これ……この服って、ここの研究員のじゃないよな……?」
そこにあったのは服の一部。その生地は白衣とかスーツのような白や黒いものではなく、黄色いシャツのような生地だった。
「さぁ?俺はわかんないな。あんたらの方がわかるんじゃないのか?一度くらい会った事あるだろ?」
「う~ん……事務員でシャツとか着てる人もいたけど、こういった派手なのは見たこと無いな」
「じゃあこれって……ここで働いてた奴の家族とかかもしれないよな?」
「その可能性は高いな」
研究員同士で話をしている間、セブンは真剣に聞いているようだったが、悪魔の方はというと何かを探すかのように黄色い布の周りを見ていた。
そこにあったのは人体の一部と着ていたと思われる服の切れ端のみ。
そして床に残されていた鋭利な物が刺さったような穴。誰も気が付かなかったみたいだが、悪魔はこの穴に見覚えがあった。
(これは……あの番組のやつと似てるな)
飛行機の中で悪魔が見た未解決事件の中で紹介されていたものとよく似ていた。
そして人体の一部が事件現場に残されているという例の事件との類似点もあったことから、悪魔はさらにこの辺りを調べる事にした。
「ん?セブンが見つけたパソコン、まだ動くぞ。これからデータを移せるんじゃないか?」
「とりあえずこれを差し込んで……よし。ここから取れそうだ」
「おーよかった。これがダメだったら奥に行くことになってただろうし……」
目的であるデータの取得はすぐに終わりそうではあるが、悪魔は今彼が調べているものの方が危険であると判断していた。
それは死体の状態の違いだ。
ここの研究員の死体は人の形は残っていたのに対し、事故後に捜索に来た人物の死体は体の一部しか残されていなかった。
もし前者が事故だったとしても、後者は何らかの生命体——おそらくここに収容されていた変異生物である可能性が高い。
そして周囲にある穴。これが足跡だとしたら、研究所の外にはまだこの穴は見当たらないため、外には出ていないはず。
この変異生物が夜しか行動できないのか、それとも行動制限があるのかはわからないが、おそらくその変異生物はまだこの中に居るのだろう。
——ズシンッ!という大きな音と、振動が建物内に鳴り響き、建物全体が揺れた。
その影響で脆くなっていた一部の壁や天井から細かい破片が落ちているが、建物が崩れるほどの揺れではないようだ。
そして現在建物内にいる研究員たちは突然の事に慌てていた。
彼らもまさか今異常が起きるとは思ってもいなかったのだろう。
「なにがあった!?」
「脆くなってたし、この建物もそろそろ限界なんじゃないですか?」
「そんなわけあるか!」
「もしかして、中にいる変異生物だったりして……」
「いや、この振動はセブンのだろ」
しかし悪魔だけは冷静だった。
何度かセブンと一緒に行動したことのある彼は、この振動はセブンが起こしたものだとわかっていたからだ。
そして、セブンがむやみにこういった事をするヤツじゃない事も知っていたし、何より彼が今調べていた死体をバラバラにした変異生物とセブンが遭遇したと確信を持った。
「セブンのだって……?」
「そういえばセブンが見当たらないが、どこに行ったんだ?」
「……あの通路の先じゃないか?悪魔、見て来てくれないか」
「別にいいけど、代わりに全作業を中断して、外に居る連中も含めた全員が車の中で待機してるのが条件だ」
悪魔は研究員たちに調査結果を報告するつもりではあったが、彼自身もこんなに早くセブンが変異生物と遭遇するとは思ってもみなかった。
そのため呑気に報告をしているなんて状況じゃなくなり、急いで変異生物を殲滅する必要があった。
でないと近隣の住民たちが皆殺しにされてバラバラにされてしまうからだ。
「わかった。おい、撤退するぞ!」
その一言と共に建物内にいた研究員たちは一斉に撤退準備を開始し、ものの数分で全員が脱出した。
気分を悪くして外で待っていた若い研究員らも車に乗り込み、あとはセブンと悪魔が変異生物を片付けるのを待つだけだ。
悪魔は研究員たちが出ていくのを見届けた後、セブンが向かったと思われる研究施設のメインエントランスから研究室へと続く通路を進んでいく。
その通路には例の事件と同じような引きずられたような血の跡が残されていた。
(やっぱり変異生物が死体を持って行ったっぽいな。……にしてもどんな形状をしてんだか……)
悪魔は今、セブンが遭遇した変異生物の姿形が気になっていた。
この床の丸い穴。もしこれが足だとしたら、昆虫のような姿をしているかもしれない。足跡から推測するに体はそこまで大きくは無さそうだが——。
「おーいたいた。なんかあったのか?変異生物は——」
「…………」
「おいおい。なんだよその……手についてんのは……」
セブンは自身が無事だって事を示すために親指をグッと立てて合図をした。
だが、その手には緑色のねばねばとした粘液がこびりついていたのだ。
そして続けてセブンが指さした先——壁や床には同じ粘液や変異生物の体や足が落ちていた。
「こいつを叩き潰したのがさっきの揺れの原因か。なんだか虫ってよりも蜘蛛っぽいんだな。そういや、お前が遭遇したのってこの一匹だけ?」
その問いかけにセブンは首を縦に振った。群れでいるものだと思っていた悪魔は少しだけ考えるそぶりを見せたが、すぐにやめるとぐちゃぐちゃになった蜘蛛型生物を観察し始めた。
「原型留めてないから、どんな形をしてんのか見当もつかないな……ええっと、千切れた部位は——」
セブンが叩き潰したと思われる個所を中心に、蜘蛛型生物の部位があちこちに散らばっていたため、それらを集めて元の姿に戻し始めた。
その様子を見ていたセブンは最初、悪魔の事を止めようとしていたが「お前が叩き潰したんだから手伝えよ」と言われ手伝う事に。
体の半分は無かったが、散らばった部位は原型をとどめていたことから、この蜘蛛型生物の姿型が判明した。
「思ってたより蜘蛛に似てるな」
「…………」
悪魔は復元結果にある程度満足しているようだが、生きて動いている時を見ているセブンは少し違うとでも言いたげではあった。
「この鋭い足と、刃の腕っぽいのには気を付けた方がいいよな……まあお前なら大丈夫だろうけど」
「…………」
「そうだな。こいつとの戦闘はお前に任せた——って早速来たな」
蜘蛛型生物を観察しながらセブンと話をしていたら、カカカッと素早く移動する足音が響いてきた。
反響していて分かりずらいが、聞こえてくる音だけで判断すると、どうやら複数の蜘蛛型生物が接近しているようだ。
——そして数秒後、正面の廊下から蜘蛛型生物が見えた。その数は廊下の床、壁、天井を埋め尽くすほど。
あっという間に悪魔とセブンのもとへ迫り、彼らの足元へと群がる。
セブンは足元の蜘蛛を踏みつぶし、身体にまとわりついたやつは握り潰したり、床へ叩きつけたりと次々と駆除していく。
悪魔はというと、彼はセブンと違って抵抗するそぶりを見せず、僅か数秒で蜘蛛が全身を覆った。
弱そうなこいつを殺すのは容易い——少なくとも蜘蛛型生物はそう思った事だろう。
鋭い足が彼の体に突き刺さり、刃が四肢を切り落とし、強靭な顎が肉を食いちぎる。
——しかし、体に穴が開き、四肢が切り落とされ、肉が食いちぎられたのは彼ではなく、襲ってきたはずの蜘蛛型生物の方だった。
いくら突き刺し、切り裂き、嚙みついても傷一つつかない事に、蜘蛛型生物たちは少しばかり疑問を抱きながらもやめる事は無かった。
そして、遭遇してから数分で蜘蛛型生物は全滅した。
セブンはどれだけの数を叩き潰したのか、全身が緑色の体液まみれになっており、その足元には原型をとどめてない蜘蛛の死骸が積み重なっていた。
対して悪魔はというと、服がボロボロなのと少しばかり体液が付着しているだけ。所々に蜘蛛の足や腕が突き刺さっていて、面倒そうにそれを引き抜いていた。
「あーあ。こんなボロボロになっちまった……結構気に入ってたんだけどなぁ」
「…………」
「——それよりも早くこいつらの巣を見つけないと。これ以上増えたらたまったもんじゃないし」
気に入っていた服がズタズタになったからなのか、眉間にしわを寄せている。
セブンが落ち着けと言わんばかりに悪魔の背中を軽く叩くと、気持ちが切り替わったのか蜘蛛が来た方へと駆けていく。
「——ここが巣か……?ひっでぇとこだな」
蜘蛛型生物の足跡や、血の跡を目印にたどり着いたのは大きな部屋でもなく、部屋の中に蜘蛛型生物なんて一匹もいなかった。
「一匹もいないなんておかしいな……あるのは死体だけだし、巣は別の場所か?でも足跡が続いてたのはここだけだったよな……?」
「…………」
「は?あそこから風が来てるって?そこ死体の山しかないんだけど」
悪魔は蜘蛛型生物と一匹も遭遇しなかったから、すべて倒したと思っていたのだが、セブンが風を感じたとの事。
そしてその風は死体の積まれた壁際から来ているようだ。
悪魔はその指摘に疑いながらも、セブンが指さしたところへと手をかざした。
「ほんとだ……風が来てるな。ちょっと調べてみるか」
風を感じるという事は、どこかに外へとつながる穴が開いているという事だ。
もしかしたら蜘蛛型生物の巣穴かもしれないし、調べないわけにはいかない。たとえそれが、死体の山をどかすことになったとしても、だ。
「うん?なんだこれ。……これってクリスマスの飾りか?」
二人で死体の山をどけると、そこにあったのはクリスマスの飾り——クリスマスリースだった。
こんなところにクリスマスリースがあるという事は、何かしらの変異した物であることは確かだ。
そしてこれが変異物である証拠——この物に起きている異常はすぐに分かった。
「しかもこの中……まさか別の場所につながってるよな?」
「…………」
このクリスマスリースの中心の穴を覗くと、見えたのはこの部屋の壁……ではなく、外の景色だった。それも見たことの無い植物が生えた自然豊かな場所。
「俺あんな植物見たこと無いんだけど、お前見たことある?」
「…………」
「お前でも見たこと無いんなら、向こう側って地球じゃないって事なのか……ならあの蜘蛛もあっちから来たって事だよな」
おそらく、あの蜘蛛型生物はあの向こう側から来たって事なのだろう。
この向こう側が同じ地球だったのなら、すぐさまこの
研究する対象としてすごく価値のある物になるのだ。
もしこれがとても危険なものだったとしたら、無理に持ち帰る必要もないのだが、残念な事に向こう側には危険そうなものは見当たらなかった。
懸念点があるとすれば、あの蜘蛛のような小型の生物が潜り抜けてくる可能性がある事くらいだろうか。
「はぁ……放っておくわけにもいかないし……ん?何か暗くなった気が——」
「…………!!」
この変異物をどうするか考えていると、向こう側が突然暗くなったことに気が付いた。
悪魔はその変化に気づきはしたが、その後の反応はできなかった。
しかしセブンは違った。
暗くなった向こう側から何かが、この輪を潜り抜けようとしている事を察知したのか、悪魔の事を押しのけるようにして輪の前に立つと——。
その瞬間、輪の向こう側からタコの足のようなネバネバとした触手のようなものがすごい速さで侵入してきた。
「うおっ!何だこいつ。速いな……!」
何かを探すかのように部屋の中を縦横無尽に移動する触手だが、どうやら目的はこの部屋に置いてある死体のようだ。
まるでアリクイがアリを食べるかのように触手に死体をくっつけている。あの蜘蛛型生物はこいつのために餌を集めていたのかもしれない。
触手にくっつけられるだけくっつけると、引っ込めようとしているのかゆっくりと触手が戻っていく。素早く戻さないのは粘着力が弱いからなのだろう。現に今もいくつか落ちている。
「セブン!」
「————!」
悪魔が大声でセブンの名前を叫んだのとほぼ同時に、セブンも悪魔の意図をくみ取ったのか逃がさないとでも言わんばかりに触手を掴んだ。
触手はセブンを振りほどこうとジタバタと暴れるが、たいした力は無く、セブンを引きはがすことはできなかった。
そしてセブンが反撃に出た。
踏ん張った足が床にめり込ませ、触手を掴んだまま綱引きの要領でゆっくりと、確実に引っ張っていく。
すると、ずるずると向こう側から触手が引っ張り出され、セブンが数歩下がったところで触手が出てこなくなった。どうやら触手の長さはこれが限界のようだ。
しかしセブンは止まることは無く、今度は腕の力だけで引っ張っていくと、メリメリと剥がれるような音がしたと思ったら、プツンと何かが切れる音がした。
限界以上に伸びた触手が限界を迎えて千切れたのだ。
向こう側から千切れた触手が勢いよく輪を通り抜け、こちらへと飛び込んでくる。
——しかし、飛び込んできたのは触手だけではなかった。
「うわっ……最悪だ……」
触手と一緒にこちら側へ飛び込んできたのは、ぐちゃぐちゃとした生臭い物体。
どうやらこれは、この触手の持ち主の内臓らしい。
おそらくこの触手は元の生物の舌のようなものだったのだろう。それがその生物の内臓と一体化していたから、セブンが引き抜いた時に一緒に剥がれてしまったのかもしれない。
それらは部屋中にぶちまけられ、正面にいたセブンはもちろんのこと、近くに居た悪魔も全身に浴びてしまった。
顔面に付着した緑色の体液を拭いながら、口の中にも入ってしまったのか吐き出している。
「はぁ。まったく散々な目に遭った……とりあえずこれ持って帰るとするか」
壁に掛けられていたクリスマスリースを手に取り、来た道を二人で戻っていく。
今頃車の中で待っている研究員たちは、全身粘液まみれの二人を見て驚くことだろう。
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