飲み込まれる地下
空森彼方が柱の影から姿を見せていたことに気が付いたのは、銃口があたしにじゃなくて、その後ろに向けられた時だった。
まあ、もし撃たれたとしても、あいつらと彼女との間にあたしがいるから問題はないんだが、隠れてろってあれだけ言ったのに何で今物陰から出てきたんだ……?
「はははっ!自分から出てきやがった!やっぱ友達全員皆殺しはイヤだよなぁ?」
と喜んでる馬鹿が目の前にいる。
だが、こいつら全員を始末するまでは隠れておいてもらわないと、流石に流れ弾に当たって怪我でもされたら後々困る。
「おーい。そろそろ物陰に隠れてくれないと——」
振り向いて彼女の姿、そしてその顔を見た時、その後に続く言葉が口から出てこなかった。
あたしが彼女の事を間近で見たのはここが初めての事だった。一緒に居た時間はこのトンネル内だけのわずかな時間だけだが、彼女はとても表情豊かだという事は一緒に居れば誰にだって分かるだろう。
しかし、視線の先に居た彼女は今までとは真逆で……背筋がゾッとするほど無表情。そしてぼうっと天井を見上げていたが、その瞳に光は無く——いや、吸い込まれそうな暗い瞳の中にわずかにキラキラと光っているようにも見える。
彼女に宇宙の瞳が宿ったって話を聞く前は、見たことも聞いたことも無かったが、今彼女の目を見れば誰だって理解できるはずだ。これがまさしく宇宙の瞳って事を。
「おいおい、ボーっと突っ立ってるだけかよ。誰かあいつを連れてこい」
後ろでは誰が連れてくるか何て話してるけど、そんなことでわざわざ振り返っている余裕はなかった。
彼女の瞳に宇宙が浮かび上がった今、何が起きてもおかしくない状況だからだ。
(……ん?)
足元のコンクリートの破片がわずかに動いたような気がした。足が当たって動いたのかと思ったが違うようだ。その破片は何かに引っ張られるようにゆっくりとあたしの後ろ、彼女の見ている方向へ転がっていく。
それだけじゃない。あたしの周囲に置いてあった投擲用の資材がズリズリと動き始めた。
「何で誰も動かないんだよ。さっさと連れて来いって」
「動こうとしても、一歩も進めないんスけど」
「お、おい!今、あの死体動かなかったか?」
「はぁ?死体が動くわけねぇだろ。お前、クスリのやりすぎでついに頭までおかしくなったのか」
何人かは気付いた奴もいるみたいだが、それを信じるのは今の所そんなに多くはなさそうだ。しかし、その余裕もすぐに無くなることだろう。
あたしは彼女の視線の先を見ようと振り返ると、あっさりと動けたことに自分でも驚いた。まあ、引っ張られる感覚が無かったから、あたしには何の影響もない事は分かっていたはずなんだけど。
そして振り返って最初に視界に入って来たのは、なぜか前に進めず言い争っている馬鹿ども。それと天井には大きな黒い円が浮かび上がっていた。
周りの物が引っ張られていた原因は
「マジかよ……」
今までは黒渦をドローンが撮影した映像しか見たことが無く、驚きのあまりそれ以外に言葉が出てこなかった。
映像で見ていたから、ここに居続けたら危ないってのは分かってはいたが、恐怖よりもあいつらが本当にあれに飲み込まれて死ぬのかどうかを確認したかった。
もし生き残った奴がいたとしたら、あたしが始末しなくちゃいけないからだ。
一番最初に動き始めたコンクリートの破片などの軽い物が浮かび上がり、吸い込まれていく。それが黒い部分に張り付くと、ゆっくり飲み込まれるかのように沈んでいった。
あたしの視線や、浮かんでいく物に気付いた奴らが次々と上を見ると、自分たちが置かれた状況をようやく理解したらしく、ざわざわと騒ぎ始めた。
「あの黒いの、あんなとこにあったか?」
「もしかしてあれが吸い込んでんじゃねえの?」
「それが俺たちの真上にあるって事は……俺らも同じようになるって事だよな!?」
「あれに俺らも吸い込まれるって言うのかよ?こんな石ころ程度しか浮いてないってのに——」
既に大半がパニックに陥っていたが、吸い込まれて行く物を見ていた冷静な奴が余裕ぶってベラベラと喋っていた。
だが、そいつの話しが終わるよりも早く、そいつの顔は焦りを見せ始めた。
「し、死体が浮いてるぞ……?」
「誰だよ!?今さっき人は吸い込まれねえって言った馬鹿は!」
「とっ……とりあえず、あれを撃て!」
誰かが言ったその言葉と共に、全員が頭上の黒い円に向けて何十、何百発と銃弾を浴びせたが、黒い円に当たった音などが一切なく、当たった瞬間にピタリと止まった後ゆっくりと飲み込まれて行く光景をあいつらは見せつけられていた。
「もう全部撃ち尽くしたってのか……?」
成すすべが無くなったのか、天井を見続けたままそれぞれ手にしていた銃が手からこぼれ落ちていく。
しかし、中にはまだ武器を持っていた奴が何人かいたようで——。
「まだ爆弾とか余ってる奴いるだろ!?一斉に投げてここを崩すぞ!」
「しゃがめねぇってのに、爆風とかどうすんだよ……?」
「あれに飲み込まれて死ぬより、マシだろうが!」
まだ生き残る可能性があると分かったからなのか、絶望していた奴らの顔に生気が戻り、配られた爆弾を手に取った。
せーのと言った掛け声とともに一斉に手に持った様々な種類の爆弾が投げられた。そして投げた瞬間、全員が一斉に顔を伏せ腕で覆う。
そして数秒後、爆発によって発生したと思われる光がトンネル内を明るく照らした。だがその後、あいつらが想像していたような出来事は何一つ起こらなかった。
確かに投げられた爆弾は黒い円へと吸い寄せられ、爆発も起きてはいた。しかし、爆発によって発生するはずの音を含めた衝撃波や、焼き尽くすような高温の熱などの現象は、全て
最後の希望ともいえる爆弾が無駄に終わった事を知り、全員が言葉をなくして呆然と天井の黒い円を見つめていた。
そしてついに死体が黒い円に飲み込まれ始めたのか、ミシミシ、メリメリといった音が静かなトンネル内に鳴り響く。
「どうなってんだよ、あの中……体が捻じれてるぜ」
「お前、あれを捻じれてるって言うなら目がおかしくなってるぜ……どう見ても引きちぎれそうじゃねぇか」
黒渦に飲まれかけの死体は、あんまり見ていたくないほど捻じれ曲がっている。
あいつらがこの後どうなるか分かった事だし、彼女を連れて上に戻る事を考えないといけない。
永塚が迎えに来てくれるのが一番いんだが、帰り道で一般人と遭遇したら説明するのが大変だし、彼女の高校の関係者だったらなおさら面倒だ。
「天井も飲まれ始めてるし、崩れるのも時間の問題か……?とりあえずある程度記録もできたから、そろそろ戻らないと……」
黒渦が覆っていたトンネルの天井の一部が崩れ、その上にあった水道管や配線がむき出しになっているのが見えた。今はまだ崩れた範囲は黒い円よりも小さいが、範囲が広がるのは時間の問題だろう。
それに埋まっていた配管なども巻き込まれたら地上も大混乱になる。そうなると目立つかもしれないし、騒ぎになる前に品川から移動したい。
「おい!そこのお前!この上のヤツどうにかしろよ!?」
「も、もうこんな事しないって約束する!足洗って真っ当に生きるって誓うから俺たちを助けてくれよ!」
「……流石に目を覚ますことは無さそうだな……担いでいくしかないか」
なんだか後ろでギャーギャーと騒いでいる奴がいるけど、助ける気は微塵もない。だってこいつら、ビルを爆破しようと計画してた連中だしな。そもそも
「目は……閉じておいた方がいいよな?……よっと。やっぱり高校生は軽々背負える重さじゃないな。早く永塚が来てくれればいいんだが……」
彼女を背負い、いつの間にか耳障りな雑音が聞こえなくなった静かなトンネルを後にした。
(——上から調査員が入って来てるっぽいな……下手すりゃ鉢合わせだ)
地上へ続く通路を歩いていると、上の方が騒がしくなっているようだ。しかも何人かの話し声が聞こえてくるし、次第に声が大きくなってきている。
もし調査員と鉢合わせにでもなったら、疑われる事間違いなし。早いとこ迎えに来てくれないと、あたしら二人はしばらくの間、警察の世話になるだろう。
(背負ってるから逃げるのは厳しいし、一応隠れられる場所を探した方が良さそうだな。……いや、これは永塚が来るな)
通路内に不自然な風が流れた。これは気体となった永塚が来ている前触れ。永塚と組んで仕事をすることが多いから、これくらいの事はわかるようになった。
「お待たせしました……!」
「しっ!静かにしないと響くだろ」
「す、すみません。上で色々あって遅れちゃって……」
「そんな事気にしてないから。それよりも早く脱出しないと……見つかったら色々と面倒だし」
「そうですね。なんとか誤魔化して時間を稼ぎましたけど、彼女の同級生や教員は心配してましたし、ここの職員たちは怪しんでいる者も少なからずいましたので、これ以上彼女が戻るのに時間がかかるのはよくないですから。じゃあ行きましょう」
永塚が連れてった先は地上に近いところの通路。すぐ近くには事務所があったが、みんな避難したからか今は人が居ない。
「人が居なかったので、この通路から二人の事を迎えに行ったんです。危険だから調査員と一緒に行った方がいいって言われたんですけど、流石に見られたらまずいので勝手に行ったんですけどね」
「一人で来てくれてよかったよ。もし一緒だったら三人とも警察に行くことになってただろうし」
事務所を通り抜けて外に出ると、一人の教師と三人の生徒が近くで待っていた。あれだけ居た高校の生徒たちの姿はどこにも見えない。おそらく先にバスに戻ったのだろう。
「あ!あの人の背中に居るの空森ちゃんじゃない?」
「爆発騒ぎもあったし心配だったけど、怪我も無さそうだね」
「おーほんとだ。無事でよかったー」
「意識が無いみたいだけど、目立った怪我とかもないし、本当に良かった……」
「先生もすっごい心配してたよねー?」
「私が見てもすぐ分かるくらいに顔色悪かったよね」
「そりゃ心配するでしょ。こんな騒ぎになってるんだしさ」
彼女の事を待っていた全員が心配だったようで、みんなの顔に疲れが出ているのがよくわかる。特に先生は同級生らと比べても特に疲れてそうだった。
「この子、気を失ってるだけみたいです。頭を打ったとかじゃないので、安静にしていればすぐに目を覚ますと思います」
「私たちはこの後もやらなくちゃいけない事があるので……」
事務所にあった椅子に彼女を座らせて、あたしらはその場を離れることにした。
正直なところ調査員が戻ってくる前に、ここから離れておきたい。あの状態を目にした後、どう考えてもあたしに話を聞きに来るはずだし、そんな面倒なことに時間を割いている暇はない。
「ここに来た時に使った車はまだ近くにいるのか?」
「いえ、流石に近くにはいないですね。この騒ぎじゃあ迎えに来るのも難しいと思いますよ?」
「そうだよなぁ……警察車両に救急車もいるし、たぶん交通規制もかけられてるだろうし、厳しいよな。研究センターも近いし、直接行かない?」
「それがいいですね」
差し出された手取り、あたしらはこの場を去った。
「近いからあっという間だったな」
「報告すること沢山ありますし、早く入りましょ」
研究センターの中に入り、入館許可をもらうためエントランスにあるカウンターへ向かう。
「報告に来た奥沢ですけど、星守所長は今どこに?」
「所長ですか?今は……所長室に居るはずです。そこのエレベーターから4階の所長室まで行ってください。そういえば先ほど、荒川さんも訪れてそこに向かわれましたよ」
そう案内されたエレベーターに乗り、4階へ向かう。
その道中は短いもので、特にこれといった話をするつもりはなかったのだが、さっきカウンターで聞いた話が気になったのか永塚が話し始めた。
「そういえば荒川さん来てるみたいですね。荒川さんが担当していた場所は大丈夫だったんですかね?……って、そんな顔をしてどうしたんですか奥沢さん。地下で何かあったんですか?」
「ん?あぁ……あったって言うか、聞きたい事があるってだけ」
「本当に聞きたい事だけですか?……まあいいですけど。喧嘩だけはしないでくださいよ?」
「そんな事言われなくてもわかってるって」
大丈夫だって言ったのに、永塚は疑いの目であたしを見ている。
ここに入ってすぐは荒川との考えが合わない事もあったから、言い合う事も多かったけど、今は喧嘩をする事なんてめったにない。……今だと顔を合わせる事が少ないってのもあるかもしれないけどさ。
エレベーターを降り、所長室へと続く一本の廊下を歩いていると、中で話が終わったのか所長室の扉が開き中から荒川が出てきた。
あたしらの顔、主にあたしの顔を見た荒川は「うげっ」と小さく呟いたが、静かな廊下ではそんな小さな声すらあたしの耳に届いた。
「は?あたしらの顔を見てそんな反応をするなんて失礼なヤツだな。永塚もそう思うだろ?」
「え?まあ、顔を見てそんな顔をされるとは思わなかったですけど……」
「お、奥沢に永塚じゃないか……報告に来たんだろ?じゃあ俺はこれで——」
「そういや聞きたい事があったんだけどさ、トンネルに侵入してきた奴らが多かったんだが、お前が担当してた箇所でなんかあった?」
「やっぱその事聞くよな。あれでも結構減らした方なんだけど……」
「んなわけないだろ……見たかよあの人数」
「仕方ないだろ。爆弾とか、ロケットランチャーとか、大量にポンポン投げたり撃ったりして来るんだからさ。ある程度想定はしてたけど、あれは無理だって」
「ならせめて爆弾列車くらいは阻止してほしかったよ。結構危なかったし、あれ」
資材運搬列車に積まれていた爆弾に、あいつらが黒渦に飲み込まれる前に投げ込んでいた爆弾。
あれでも多いなと思っていたが、どうやら侵入時はそれよりも多い量を所有していたらしい。
長々と話していたからか、それとも声が大きくなっていたからか、所長室の扉がゆっくりと開き、中から望さんが顔を出した。
「あんたたち、何でそこでのんびり話をしてるの?そんな暇ないでしょ?特に荒川——」
「は、はい!今行きます!」
ジロリと望さんに睨まれた荒川は冷や汗を浮かべながらエレベーターまで走って行った。しかしそれで済むはずはなく……荒川が行ったのを見送った後、その視線はあたしらに向けられた。
「話すなとは言わないけど、長さを考えて長さを!ほら、母さんも待ってるから入った入った」
豪華絢爛な装飾がある……わけでもなく、本がぎっしりと詰まった本棚が壁際にずらりと並べられており、奥には大きな執務机が一つ。それと大きなテレビが一台本棚とは反対の壁際に置いてあり、その前には背の低く大きく長いテーブルと、大きなソファが一台ずつ置かれていた。
そしてそのソファに腰かけ、テレビのニュースを見ている者が一人。
「あら、もう荒川とのお話は済んだの?」
「もう済みました。当主様……いえ、所長」
「待たせてしまって申し訳ないです」
「そんなに待っていないから気にしないでいいわよ。それで、トンネル内で何があっ
たのかしら?」
つい数時間前に起きた地下での出来事、襲撃してきたマフィアの事や彼女が発生させた黒渦の事を話し終えると——。
「二人とも今日は疲れたと思うから、この後は宿泊しているホテルに戻って休んだ方がいいわ」
「……わかりました。今日は帰って休むことにします」
「本当に休むの?まあ、永塚が一緒だから心配する必要はないわね」
「任せてください!しっかり見ておきますから!」
「いや、一人で歩けるし、逃げないっての……!」
所長から任されたことがよっぽど嬉しいのか、あたしの腕をつかんで引きずるように所長室を出る事になった。しかもそれを所長に見られたのが少しばかり恥ずかしくなった。
賑やかなあの子たちが部屋を出ていくと、テレビのニュースでは工事現場の中継映像へと切り替わった。
どうやら中継先のリポーターは、地下のトンネルへと続く通路を歩いているらしく、どんどん奥へと進んでいく。
画面には『地下の工事現場で大規模な爆発が発生か』といったテロップが大きく表示されている。おそらくこの爆発音は、奥沢が言っていた爆弾を積んだ列車が発生させたものだろう。
そしてリポーターたちは爆発の発生現場である地下トンネルへと到着したようで、現場の状態をカメラが映している。
『こちらが爆発の発生現場と思われるトンネルの内部です!大小様々なコンクリートの破片や、資材が爆発の影響であちこちに散らばっています。そしてですね、見てください天井に開いたあの大きな穴!水道管や電線などのケーブルが大きく破損しています!』
「この部分に黒渦が現れたのね。それにしても、現れたのが下じゃなくて上でよかったわね」
「え?下だとダメな事ってなにかあったっけ?」
「……もし、
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