第2話 侵攻開始

 ここはカロリーネ半島のすぐ上の地域、ヴェルニア。そこにある山で男と僕が修行をしていた


 「さぁ、ついてこい!」

 「待ってくださいよ、こんな崖を普通は走って登れないですよ!!」


 男───師匠に向かって僕は叫んだ。垂直に上るだけでも相当やばいのだが、上裸である。変態だろうか(いやそうに違いない)


 師匠は村ではごく普通に服を着て生活をしているのだ。ただ、山に来ると脱ぐ。不思議に思って前に訊いたことがある。汗をかいて服が蒸れるのが嫌なのだとか。気持ちはわからなくはないがそこまでするか...??


 「さぁ、上ってこい!」

 「...はぁ...」


 とまぁ、すごく、ものすごく変態で変人でどうしようもない師匠を見て、ため息をつく。やるしかないんだけど、やりたくない気持ちを抑える。両手と片足を崖につけて寄りかかるよう態勢を作って一呼吸。足の裏に魔素マナを込め、崖を駆け上がる。原理は湖とか海を走って渡るソレと何ら変わりないんだけど、重力に逆らってるから、最初のほうは難しかったものだ


 「よくやった!」


 登り切った上で、何故かさっきより汗をかいている師匠のハグを躱す

なんで汗かいてんだこの人、大してここ暑くないのに。

 「ぐぬぬ...まぁいいか。ところで見ろ!この広大な海を!」

 「はぁ...」


 山の修行が始まると一番最初がこれである。いい加減他のことをやりたいものだ。今さっきは半島の方向を頭上にして(?)走り登ってきた。師匠につれられ、半島のほうに目をやると大きな海が見える


 「相変わらず広い海だなぁ...

  うん...?なんです?あれ」


 広い海に囲まれたカロリーネ半島から煙が立ち上がってるように見える。それがいくつも。


 「野焼き...か?いやこの季節にそれはないな。狼煙でもあるまいし...」

 「なんでしょう...すごくいやな予感がします」

 「あぁ。今日はもう切り上げたほうがよさそうだ。帰って家にいなさい」

 「はい」


 だいたいこういう師匠の勘は──時折外れることもあるが──当たることのほうが多いので家に籠るとしよう。修行がなくなってうれしい気分ははなから無いが、それより不気味で早く過ぎ去ってほしい。


家にこもってから数分が経った。帰ってきたときに母に「早いね」と云われたので事情を伝えた。母はそれを聞いて飛び出して行ってしまった。まだ何もないが、あの、いやな予感はまだ過ぎ去ってはいない。


 「おいデクスター!!いるか!!」


バンと扉がけ破られたような音がして父の声が家に響く。玄関に向かうとずいぶん切羽詰まった様子の父がそこにいた


 「どうしたの?」

 「なにかが...いや、いい。とにかくお前はカルネのおうちに行け」


カルネとは僕の師匠の名前だ。父は僕を師匠の家に見送ってどこかに行ってしまった




師匠の家に着くと、村の子供たちが全員はいないけど半数近くがいた。

中には泣いている子、その子を慰めながら震えている子、様々だ


 「師匠、いったい...?」

 「予感が当たったんだよ。そろそろ出発するぞ」


 それを聞いて、知りたくなかった現実を突きつけられたような感じがする。師匠は集まった子供たちを引き連れどこかへ行く。いや、この方向は隣の地域?


 「師匠、何が起きたんですか?」

 「村に化け物がやってきた」

 「ば、化け物...?」


 おとぎ話のような化け物を想像する。火を噴いたり、翼があったりするのだろうか


 「あぁ。何かはわからないが、な。ただそれが町を襲っている。しかもその化け物は大量にいるときたもんだ。」

 「まさか、父さんは...」

 「...あぁ」


 それを聞いて自分を責めた。あの時、父と母と一緒に逃げようと云えばよかったのに、と。そんな心を見透かしてか師匠は


 「俺も思ったよ。早く村の人たちに知らせて逃げればよかった、てな。だがあの情報の少なさじゃ絶対に無理だ。証拠が少なすぎる」

 「...」


 事実を突きつけられてただ黙るしかなかった。ただ黙って『いい子』でいるしかなかった




 重い空気の中、歩いていると草むらが揺れ始める。師匠は歩みを止め、僕たちも当然足を止めて怖がる。周囲を警戒していると草むらから4人現れる


 「ヒヒッ、やっぱ来るよなー。そうだよなー」


 しばらく歩いていると茂みから人が現れた。人...と形容していいのかわからない。明らかに人型ではあるものの、頭に角が生えており、尻尾もついてる。唯一理解しているのはこいつらはやばい、ということだ。あいつらを見て師匠がいつにもなく声を荒げる


 「チッ、お前ら!いいか、よく聞け。このまま真っ直ぐ走れば街に着く!それまでから行け!」

 「師匠!!待って、1人じゃ無理だ!」

 「黙って俺の云うことを聞け!

  ...最期ぐらいは...な?」


 ほかの子供たちはすでに街に向かって走り出しており、

 振り返って僕をみた師匠の顔はこれまで見たこともないぐらい笑顔で...それでいて覚悟が決まっていた。


 「...わかった。生きてこっち来てね」

 「ふっ...努力はしよう」




 振り返らず、走った。走りに走った。どれだけ経過したのだろう。3分か5分か10分か、いやもしかしたら1分も経ってないかもしれない

 先に行った集団に追いつき、街に入った。街に入ってすぐ、教会へ向かう。さっきよりも足取りはとても重い


「どうされましたか」


 いつの間にかみんなで教会にいたらしい。子供の誰かが封書を渡して司祭が読むと、血相を変えてせわしなく動き始める


「君たちは急いでこの紙をかざしながら家々を回ってきなさい」


 赤い紙を受け取ったみんなは街中へ駆けていく


「師匠...」


 僕も赤い紙を翳して家々を走り回った。これにどんな意味があるかよくわかってないけど、多くの人が教会周辺に押しかけており、司祭の指示で準備を始めている


 「あなた達はとりあえずガズムに逃げなさい。いいですね、戻ってこないでくださいよ?」


 シスターから云われたとおりにガズムに向かって歩き始める。街が見えなくなったころ、途中、カンカンと鐘の音が鳴り響き、もうやって来たことを知らせる。歩みは自然と速くなり、明日への不安を感じ始めるのだった

 

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