第10話 暴走

 すでに物音は止んでいる。


 その代わり、泣く声が聞こえた。


 俺は泣き声のする食堂へ向かう。


「!!?」


 食堂は想像以上に酷い有様だった。


 テーブルはひっくり返っているし、食器は割れていた。


 そして、エナとリリアンが自分たちの顔を抑えて泣いている。


 かなりの血が出ていた。


 タオグナを見ると爪から血がポタポタと落ちている。

 二人の顔を切り裂いたんだ。


 エナとリリアンだけじゃない。


 見るとボルグも腕や足から血を流している。


「ちくしょう! なんで、魔道具が作動しねーんだ!?」


 ボルグはタオグナがしている奴隷の首輪を作動させているようだった。


 でも、タオグナは平気そうにしている。



 いや、全然、平気じゃない……!


 牙を剥き出しにしているタオグナはとても苦しそうだった。


 電流が流れているのに、怒りで身体を強引に動かしているんだ。


 本来、奴隷の首輪の電流は悲鳴をあげて、身体が動かなくなるほど強力だ。


 それを長時間、受け続けたら、命に関わる。


「おい、ボルグ、電流を流すのを止めろ!」


「馬鹿言うな! この犬、殺してやる!」


 ボルグは宣言し、魔道具へさらに魔力を流した。


 すると視認できるほどの電流がタオグナの体に走る。


 それでもタオグナは悲鳴を上げず、ジリジリとボルグに迫った。


「こいつ狂っているのかよ!? 死ね! とっとと死ね!!」


「やめろ! ボルグ!」


 これ以上は本当にタオグナが死んでしまう。


 相当の苦痛なはずなのにタオグナは構わずに攻撃態勢になった。


 タオグナもボルグとも止まらない。


 俺は自分の無力が憎かった。




「そこまでよ」




 聞き覚えのある声がした。


 その人はボルグの持っていた魔道具を奪う。


 電流から解放されたタオグナはボルグに襲い掛かろうとした。


「やめなさい、人を殺したら、あなたは戻れなくなりますよ」


 彼女はタオグナの前に立った。


「ルーチェさん?」


 乱入したのはギルド嬢のルーチェさんだった。


「ガルルル……」と牙と爪を剥き出しにするタオグナを見て、ボルグは腰を抜かす。


「この場は私に任せてください」


「任せる?」


 ルーチェさんが真剣に言うとタオグナは少しだけ冷静さを取り戻す。


「ありがとうございます。さてと、少しお話をしましょうか?」


「誰だ、あんたは!?」


 ボルグが怒鳴った。

 こいつはギルド嬢の顔すら覚えていないのか?


 いや、同然か。

 事務作業は俺に任せっきりで、ギルドの職員と交流なんてしていなかったからな。


「ギルドに務めている者です。あなた方は顔すら覚えていないのですね」


 ルーチェさんは呆れているようだった。


「ギルドに務めている? ああ、ギルド嬢かよ。ギルド嬢如きが俺たちの問題に出しゃばるなよ!」


 ボルグは怒鳴るが、ルーチェさんはまったく怯んでいなかった。


「それを言うなら、ただの冒険者如きが私に偉そうですね。私にはあなた方から冒険者資格を剥奪する権限があるのですよ?」


 それは初耳だった。


 いつも気軽に話しかけていたが、ルーチェさんは重職だったのだろうか?


 冒険者資格の剥奪、と聞いてボルグは一瞬だけ表情を歪めた。


 しかし、すぐに笑う。


「いいのかよ? 俺は優秀な冒険者なんだぞ? 俺を追放したら。ギルドにとって損失だ!」


 ボルグが宣言する。


 確かにボルグの能力が評価されているからこそ、俺たちは屋敷に住んでいられる。


 それだけボルグが評価されているということだ。


 ……と俺は思っていた。


「ふふふ……」


 ルーチェさんは笑い始める。

 それは必死に笑いを堪えているのに、我慢が出来なかったような笑い方だった。


「おい、何がおかしい!?」とボルグがまた怒鳴った。


「すいません。ここまで見当違いなことを言われると面白すぎて、我慢が出来ませんでした。…………残念なことに当ギルドでは、あなたのことを一切評価していませんよ?」


「なんだと?」


「少しくらい考える頭があれば、わかりませんか? この『タオグナの街』は多種多様な種族が暮らしています。少しくらい強いとしてもの戦闘能力を評価するなんてありえません。戦闘に関してはもっと優秀な種族がいますから。例えば、戦狼人族とか」


 ルーチェさんは視線をタオグナへ向けた。


「それから念の為に言っておきますけど、特別待遇の対象はあなた方でもないですよ」


 ルーチェさんはエナとリリアンにも宣告する。


「じゃあ、まさか……」と言いながら、ボルグが俺を見た。


 エナとリリアンも同じように俺へ視線を向ける。


「はい、特別待遇者はウェーリーさんです」


 ルーチェさんはニコニコしながら言った。


「特別待遇者規約がここまで悪い結果に繋がるなんて……」


 ルーチェさんは呟く。


 この特別待遇者規約には決まりがあった。


 それは誰が特別待遇の対象になっているかを公表しない。

 他パーティは特別待遇を与えられているパーティに対しての勧誘をしてはいけない。


 一つ目は対象者を公表した際にパーティ内で揉め事が起き、パーティが解散すると事案が多数発生した為だ。

 主な原因は特別待遇の対象者が他のメンバーに対し、横暴な態度になってしまったことがあげられる。

 

 勧誘を禁止しているのは単純な理由で、パーティ間のトラブルを防ぐためだ。


「なんでだ……!?」


「はい?」


「なんでこの役立たずが特別待遇者なんだよ!? 戦闘能力はまったく無いんだぞ!」


「戦闘能力だけが評価の対象じゃありません。先ほども言いましたけど、多種族が暮らすこの街で多少強いだけの人間なんて評価されませんよ。純粋な戦闘力では獣人の方が遥かに優れています」


 ルーチェさんは俺を見る。


「ウェーリーさんはもっと自分をきちんと評価してください。外傷、内患に対する治癒魔法、他者に魔力を供給する魔力回復魔法、それからどんなに複雑な地形でも把握できる探索魔法。そして、それらを複数回使える魔力量、全て並の人間の域を超えています」


 ルーチェさんは俺に対する評価を口にする。


 言われていて、信じられなかった。


 俺がこんなに評価されていたなんて……


「ふざけるなよ! 何で戦えない奴が俺よりも評価されているんだよ!」


 ボルグがルーチェさんは襲い掛かる。


「あああ!」


 しかし、次の瞬間、ボルグは悲鳴を上げた。


 ルーチェさんに腕を掴まれ、簡単に関節を決められてしまった。


「私の話を聞いていなかったのですか? 人間如きの戦闘力では私に勝てませんよ」


 そう告げるルーチェさんの声も視線を冷たかった。


 その雰囲気にはタオグナも毛を逆立てて、警戒している。


 エナとリリアンに至ってはボルグがやられているのに、恐怖で何も出来ないようだった。


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