第9話 怒り
俺はすぐにボルグの部屋へ向かう。
目的は掃除じゃない。
「恐らく、この部屋のどこかにあるはずだ」
俺はタオグナの首に嵌められている奴隷の首輪の鍵を探す。
奴隷の首輪がある以上、タオグナはどこにも行けない。
「どこにしまってあるんだ? あいつが隠しそうなところは……」
一応、昔からの付き合いだ。
ボルグの癖は分かっている。
俺はテーブルの下を覗き込んだ。
「あった。単純な奴だな」
鍵はテーブルの裏面に張り付けられていた。
俺は鍵を剥がして、手に取り、笑った。
これでタオグナを自由にしてやれる。
「誰が単純な奴だって?」
声がし、振り向いたら、ボルグが立っていた。
エナとリリアンも一緒だ。
「こんなことだろう、と思ったぜ。お前は昔から分かりやすかったからな!」
言われると同時に俺は蹴られて、吹き飛んでしまう。
壁に叩きつけられ、背中に激痛が走る。
そんな姿を見て、エナとリリアンは笑っていた。
「何か言うことがあるんじゃないのか? 人の部屋に勝手に入りやがって」
俺の部屋へ勝手に入って、金まで奪った奴が何を言うんだ?
「タオグナを解放しろ…………!」
「は?」
「タオグナを解放しろ、って言ったんだ! お前たちがやっていることは明らかに奴隷の人権を侵害している! タオグナの待遇を改善しないと酷いことになるかもしれないぞ!」
俺自身、「かもしれない」と言うあたり、新法のことを完全には信用していないようだ。
「お前、馬鹿か? 結局、新法なんて形だけだったんだよ! その証拠に俺たちがあの犬をどう扱ったって、警告の一つも来ないじゃないか!」
事実だった。
新法施行以降、何も変わっていない。
俺たちじゃなくて、街で情報を集めても奴隷を酷く扱っていた奴が処罰されたなんて聞かなかった。
結局、奴隷は奴隷ということか。
「お前たちがタオグナを解放しないなら、俺はタオグナを連れて出て行く!」
「やるもんならやってみろよ!」
ボルグはまた俺を蹴った。
でも怯まない。
「タオグナをなんだと思っているんだ!?」
「なんだと思っている、だと? 道具さ。道具だから、使えなくなったら、捨てる。何が悪い?」
「本気で言っているのか?」
「おかしなことを言っているか?」
「…………」
昔からボルグは自分勝手なところがあった。
でも、ここまで酷くはなかった。
街で冒険者として成功して、性格が取り返しのつかないぐらい歪んでしまった。
「タオグナは道具じゃない! しゃべるし、笑うし、泣く。俺たちと同じ〝人〟だ!」
俺はボルグに殴りかかる。
でも俺の拳が届くことは無かった。
「なに、正義漢ぶっているの? 暑苦し~~」
リリアンが言いながら、俺に拘束魔法を使った。
「お前には再教育が必要みたいだな!」
俺はボルグに殴られて、蹴られて、ボロボロになった。
「そろそろやめないと死ぬわよ。こんな役立たずでも雑用係がいなくなったら、大変だわ」
エナが言った。
「そうだな」と言い、ボルグは俺を引きずって庭に出る。
そして、以前に買ってきた檻の中へ俺を放り投げ、鍵を掛けた。
「一日、頭を冷やせば、馬鹿なことを言わなくなるだろ。もし、今度、同じことを言ったら、お前の家は一生、そこにするからな。何なら、奴隷の首輪をつけてやってもいいぞ」
ボルグ、エナ、リリアンは笑いながら、屋敷の中へ入って行った。
「惨めだな…………」
結局、俺はタオグナの為に何もしてやれない。
体中が痛い。
「ウェーリー…………?」
しばらくするとタオグナが帰って来た。
俺は痛む体をどうにか起こす。
「良かった。帰ってこないから心配したんだよ」
「ごめんなさい。ぶどう、酒、売れる、切れ」
売れる、切れ?
ああ、売り切れだったのか。
夕方だもんな、そこまで考えてなかった。
でも、タオグナはしっかりと葡萄酒を持っていた。
「だから、人、聞いた、違う、場所、行った」
無かった、と言ったら、俺が酷い目に遭うと思ったんだ。
だから一生懸命、探したんだな。
「偉いぞ……」
俺は檻の隙間から腕を伸ばして、タオグナの頭を撫でてやった。
タオグナは震えて、涙を流す。
「本当はご褒美をあげたいんだけど、こんな状態だからさ。あいつらが寝た後、こっそりと厨房に行って、保管庫から好きな物を食べていいよ。どうせ、あいつら食糧の在庫なんて把握していないから」
頑張ったタオグナに少しでも何かしてやりたかった。
「ご飯、いらない。あいつら、ひどい、許さない」
タオグナは全身の毛を逆立てて怒っている。
まぁ、怒ることは予想していた。
でも、今日の怒りは今までと次元が違った。
「――あいつら、殺す」
「えっ?」
今までどんなにひどい目に遭っても、タオグナは「殺す」なんて言わなかった。
そして、タオグナの目や言い方から、冗談ではないと直感する。
「ウェーリー、逃げる」
タオグナはそう言って、鋭い爪で檻を簡単に破壊してしまった。
そして、タオグナは屋敷の方へ駆けていく。
「お、おい!?」
追いかけようとしたが、足に激痛が走った。
倍くらいに膨れている。
「くそ!」
俺は急いで自分自身に回復魔法を使った。
足の傷を治している間に屋敷の中から家財が倒れるような大きな音がした。
「早く早く……よし!」
足を歩けるまで回復させ、俺は屋敷へ向かった。
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