第7話 新法

 今日、俺はギルドへやって来た。


 クエストに来たわけじゃない。

 定期的な活動報告をする義務があるので、それを果たしに来た。


 ボルグはパーティのリーダーなのに、こういう雑用はいつも俺に押し付ける。


 タオグナもいない。

 普段、酷使されているので、クエストが無い時くらいはゆっくり休んで欲しかった。


「新法ですか?」


 いつも俺に良くしてくれるギルド嬢のルーチェさんが新しい法律の成立を教えてくれた。


 彼女は人間ではない。

 狼人族だ。


 ただし、戦狼人族のタオグナとは違う。

 彼女は賢狼人族と種族らしい。


 人間が肌や瞳、髪の色に違いがあるように、狼人族にも種族内で違いがある。


「ええ、そうなんですよ。またあの女王の気紛れですかね」


 受付嬢の言うあの女王とは少し前に即位した〝パトラティア五世〟のことだ。

 まだ若いのに名君と言う評価を得ている。


 しかし、少々変わったところがあり、思い切った政策や法律を発効することがあった。


 俺たちはそれに助けられている。

 何しろ、今俺たちが住んでいる屋敷は特別待遇者の特権で使わせてもらっているのだ。


 才能ある冒険者は優遇する、というのがパトラティア五世の方針らしい。


 俺たちのパーティが特別待遇の対象に選ばれた時、ボルグは自分が選ばれたと自慢していた。

 まぁ、あいつは村にいた時から大人を含めて一番強かったらな。


 それに比べて、俺は回復魔法と探索魔法しか使えないし……


「ウェーリーさん、どうしましたか?」


 情けないことを考え、暗い顔をしていたようだ。

 ルーチェさんが心配して、声をかけてくれた。


「い、いえ、何でもありません。それで新法って何ですか? 俺たちにも関係ありますか?」


 俺が聞くとルーチェさんは、

「あります。奴隷に関することなんです」

と言った。


「奴隷、ですか?」


 当然、俺の頭にはタオグナのことが浮かんだ。


「ええ、そうです。奴隷にも人権を与える、という内容の新法なんです。ですから、これから先、奴隷を虐待すれば、処罰の対象になります。……あの、ボルグさんたちに気を付けるように言ってください」


 ギルドもボルグたちのタオグナに対する待遇を把握しているようだった。


 受付嬢さんが新法の詳細を書いた書面をくれた。


「分かりました」


 帰りながら、新法の内容を確認する。


「これが施行されれば、奴隷の待遇は良くなるな」


 そう思うと気持ちが上向きになる。


 虐待の禁止もそうだが、奴隷に対する最低限度の金銭の保証、というのも良いことだ。


 現在、タオグナは一切の金銭をもらえていない。


 俺がクエストの報酬の一部をタオグナに渡せ、と言ってみたが、

「奴隷に金を渡すわけがないだろ」とボルグたちに一蹴されてしまった。


 タオグナに色々と買ってやりたいが、俺も戦えないから貰える金銭は少ない。


 服は俺のをタオグナの背丈に調整して着てもらっているし、食べ物はいつも余り物だ。

 それなのにタオグナは「ご飯、おいしい、おりがとう」と言ってくれる。


「新法でタオグナの生活が少しでも良くなると良いな」


 そんな希望を抱きながら、家に帰った俺が聞いたのはタオグナの悲鳴だった。


 


 タオグナの悲鳴を聞いた俺は走って、屋敷の中へ入った。


 悲鳴は俺の部屋からだ。


「おい、何やっているだ!?」


 俺の部屋にはタオグナ以外に、ボルグ、エナ、リリアンもいた。


 タオグナは首輪から電流を流され、さらに訓練用の剣で叩かれていた。


「ちっ、もう帰って来たのかよ」


 ボルグはめんどくさそうに言う。


「ただの躾だ」


 まったく悪びれる様子の無い三人を見て、頭にきた。


 俺は今日、ギルドから貰ってきた新法の書面を三人に見せる。


「なんだ、そりゃ?」


「奴隷の待遇に対する新法だよ。これからは奴隷にも人権が確立するんだ」


 ボルグたちは俺から紙を奪い、内容を確認する。


 これでこいつらだって……


「本当かよ。こんなの?」


 ボルグは鼻で笑い、新法の書かれた書面を破った。


「おい、何をするんだ!?」


「こんな新法、形だけだろ。人権が無いから奴隷なんだよ。そもそも、こいつは犬だけどな」


 ボルグはぐったりしてるタオグナを訓練用の棒で突いた。


「やめろよ!」


「うるせーな。行くぞ」


 ボルグはエナとリリアンを連れて、俺の部屋から出て行く。


 俺は急いで厨房に行って水を取ってきた。


「飲めるかい?」


「うん……」


 タオグナはゆっくりと水を飲む。


「ごめんなさい……」


 タオグナは泣いていた。

 彼女は普段、どんなに酷いことをされても泣かない。


 よっぽどのことがあったんだ。


「守る、出来なかった」


 タオグナは開けっ放しになっているタンスを指差した。


 俺はまさかと思い、タンスを確認する。


「…………そういうことか」


 俺がコツコツと貯めていた貯金が無くなっていた。


「ごめんなさい。あいつら、ウェーリー、お金、奪った。私、守る、出来なかった」


 タオグナはポタポタと涙を落とす。


 俺は彼女を抱き締めた。


「良いんだよ。気にすることないよ。でも、ごめん、お金無くなっちゃった。タオグナに服とか美味しいものとか、食べてもらおうと思っていたのに……」


 情けなくて、俺も泣き出してしまった。


 俺が泣くとタオグナはブンブンと首を横に振る。


「服、いらない。服、ウェーリー、作る、くれる。おいしいもの、大丈夫、ウェーリー、作る、ご飯、おいしい」


「ごめん、ごめんな……」


 本当に情けない。


 俺が慰めるはずが、逆に慰められてしまった。


 そして、あることを決意する。


 俺はどこかであいつらがいつかは分かってくれる、なんて無駄な希望を抱いていたのかもしれない。


 でも、無駄だ。


「タオグナ、俺は君を守るからな」


 俺のことを慕ってくれるタオグナ。

 この子が守れるなら他はどうなっていいと思った。

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