第5話 理不尽

 ボルグがタオグナを買ってきてから、一カ月が経った。


 俺たちは現在、ゴブリンの巣の討伐クエストを行っている。


「この洞窟にゴブリンがいる」


 俺は探索魔法を使って、ゴブリンの巣穴を突き止めた。


「でも、数が多いみたいだ。洞窟での戦闘はゴブリンの方が有利だし、夜になって、ゴブリンが巣から出てくるのを……」


「え~~、夜まで待ちたくな~~い」とリリアンが言う。


「私もゴブリンの巣の傍で野宿なんて嫌」とエナが続いた。


「いや、でも洞窟内での戦闘は危険が……」


「心配ねーだろ。この犬を先頭に立たせれば、襲われるのはこいつだ」


 タオグナが来てから、一カ月、ボルグたちは未だにタオグナのことを「犬」とか「獣」と呼んでいる。

 名前を付けたし、教えたのに一度も呼ぼうとしなかった。


「待ってくれよ。この前のクエストだって、タオグナに危ないことをさせて……」


 俺がボルグに反抗しようとするとタオグナが腕を掴んだ。


「ウェーリー、私、大丈夫」


 タオグナはこの一ヶ月でかなり言葉を話せるようになった。


「だとよ。さぁ、行け」


 ボルグに言われて、タオグナは洞窟の中へ入って行った。


 俺たちも続いて、洞窟の中へ入って行く。


 いつ襲られるかと警戒をしたが、すんなりと広い場所まで到達する。


 しかし、ここで待ち構えていたゴブリンと戦闘になった。


「ちっ、数は多いな!」とボルグが悪態を吐きながら、交戦する。


「ボルグは私たちが援護するわ!」

「任せてちょうだい!」


 エナとリリアンがボルグへ殺到するゴブリンを攻撃した。


 二人はいくつかの優秀な火と風の魔法を扱える。

 中距離からゴブリンを次々に討伐していった。


 三人で戦うボルグ、エナ、リリアンに対して、タオグナは一人で戦っていた。


「凄いな」


 それなのに全然苦戦していなかった。

 それどころか、ボルグたち三人よりも多くのゴブリンを討伐している。


「役立たず! 私の魔力を回復しなさいよ!」


 魔力切れを起こしたエナが怒鳴った。


 俺は言われた通り、魔力回復魔法でエナの魔力を回復させた。


「おい、次は俺だ。腕の傷を治せ!」


 前線をタオグナ一人に任せて、ボルグが俺のところへやって来た。


 傷というから、どんなものかと思ったら、少し血が出ているだけだった。


 これだけの為に前線から退いて、タオグナの負担を増やしたのか。

 それにエナとリリアンはまったくタオグナを援護しようとしない。


 さすがのタオグナも多勢に囲まれて、苦戦をしている。


 ボルグに文句を言ってやりたかったが、言ったところで何もならない。

 

 それよりも早く傷を治して、前線に参加してもらわないとタオグナが危ない。


 俺は急いで治癒魔法を使った。


「おせーよ、ノロマ!」


 ボルグは文句だけ言って、ゴブリンとの戦闘へ戻っていた。


 その後に今度はリリアンが魔力切れを起こしたので、エナと同じように回復させる。


 これで俺はほとんどの魔力を使い切ってしまったが、クエストは順調だ。

 

 大方のゴブリンを掃討する。


 しかし、タオグナは傷だらけだ。


 今回だけじゃない。


 この一カ月、いつも危険なことをさせられている。

 

 ボルグたちのことを酷い奴だと思うが、その悪行を止められない俺も同罪だろう。


「どうした!?」


 タオグナが突然、交戦を中断して俺の方へ走って来た。


 大きな怪我でもしたか。

 でも、どうしよう。

 治してやるだけの魔力が俺には残っていない。


「えっ?」


 タオグナは俺を素通りした。


 なぜかと思って、俺は振り向く。


 すると俺たちが来た道の方からもゴブリンが出現する。


 どこかにゴブリンたちの抜け道があったらしい。


 もう少しで襲われるところだった。


 タオグナはあっという間にゴブリンを殲滅してしまった。


「おい、犬!」


 振り向くと前方の戦闘も終わっていた。


 それなのにボルグたちはとても怒っているようだった。


 そして、突然、タオグナのしている奴隷の首輪を作動させて、電流を流した。


「あああああ!」


 タオグナの悲鳴が洞窟に鳴り響く。


「いきなり何をするんだ!?」と俺は抗議するが、

「うるせぇ!」とボルグはまた怒鳴った。


「この犬が持ち場を離れたせいで俺が怪我をしたじゃねぇか!」


 怪我って、また腕に掠った程度の傷が出来ただけじゃないか!

 どう見たってタオグナの方が酷い怪我だぞ!!


「とにかく、タオグナを虐めるのを止めろ!」


 俺が言うとボルグはやっと首輪の電流を停止させた。


 言うことを聞いてくれたわけじゃない。

 単純にタオグナの悲鳴がうるさかったのだ。


 電流から解放されてタオグナは地面に倒れ込んだ。


 ボルグがタオグナの髪の毛を掴んだ。


「おい、お前は最前線で魔物共の標的になるのが役割だろ? 勝手に後ろに下がるんじゃねぇ」


「後ろ、ゴブリン、いた、ウェーリー、危ない、だから、助けた」


 タオグナは必死に自分の行動した理由を説明した。

 意味は通じたと思う。

 その上でボルグはタオグナを殴った。


「おい、いい加減に……」


 俺がボルグに迫ると体が動かなくなる。

 それに喋ることも出来なくなった。


(これはリリアンの拘束魔法か!?)


「さっきから耳障り。あの獣が勝手なことをしたせいで私だって怪我をすると思ったんだよ!?」


 リリアンは怒っているが、結果的に傷一つ負っていない。


 それはずっとタオグナが戦ってくれたおかげだ。


 前々から勝手な奴らだと思ったが、タオグナが来てから悪化した気がする。


「いいか、お前が優先して守るのは俺、エナ、リリアンだ。分かったか!?」


「…………分かった」


 タオグナが弱々しく返事をすると、ボルグは満足したのか彼女を解放した。


「おい、とっとと帰るぞ。疲れた」


 三人は洞窟の入口の方へ向かう。

 洞窟内には俺とタオグナだけが残された。

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