第三問「新たな異教科書へ」
たかし君の妹、ゆみこちゃんは見ず知らずの外国人女性を前にしてデレッデレのお兄ちゃんの表情に、仄かな怒りを覚えました。それは嫉妬と呼ぶにはまだ未熟で、やきもちと云うには少し大人びた感情です。ただ単純に「知らない大人と話しちゃダメ」という両親の躾に忠実であるだけなのかもしれません。
どんな時でも一緒だった、大好きなお兄ちゃんが、時速1kmで少しずつ遠くに行ってしまう。成長するにつれ、およそ3日に1度の頻度でそんな気持ちになることが増えてきたこゆみこちゃんは、頬っぺたが少し熱くなって。思わず、その小さな手でたかし君の腕を思いっ切り引っ張りました。ぎゅっ。
「おにーちゃん!なんなのその
メアリー:「邪魔しないでください!私はこの子にここが何処なのかを聞いてるだけです!それは私たちにとって、とても重要な問題だからです!」
「ぎゃあ痛い!」
メアリーもたかし君の腕をむんずと掴み、引っ張りました。
「いたた!痛い痛い痛いですう!やめろゆみこ!やめておねーさん!勘弁してくださいホント痛いので」
たかし君の肩と肘関節に、両側から結構な荷重が掛かります。ぐいぐい、ぐいぐいと引っ張られるランダムなベクトルの反作用力は、耐えようがありません。
ケン:「よしてくださいメアリー、それは過度な児童虐待として、ポリティカルコレクトネスに抵触すると判断される恐れがあります!この敏感なご時世に軽率に扱ってはいけないものです!」
先進的な思想を標榜する外国人が陥りがちな、過剰なポリコレ主義が滲み出てしまったケンは、突発的なヒステリーで我を忘れたメアリーの肩を掴んで制止しようと試みました。しかし、これがいけなかった。ケンの力はメアリーの身体を経由してたかし君の肩肘へ伝わり、余計な負担を掛けてしまったのです。この痛烈な痛みを数値として計算する事は、誰にも出来ないでしょう。
ただ、たかし君は痛みの中にも何かしらの恍惚を感じてもいました。女性二人に同時に苛まれるなんて、人生でそうそうあることではありません。
そして。
そうこうしながら、わちゃわちゃと争っている一同は、重量4トンのトラックが時速80kmでその場目掛けて突っ込んで来る事に気が付きませんでした。
たかし君の悲鳴は、迫るトラックへの恐怖でしょうか、それとも一際大きな痛みに襲われたからでしょうか?或いは彼の身体が、ちょっぴり早めに大人への第一歩を踏み出したからなのでしょうか?
その問いの答えはあなたの心で導いてください。
四人はまとめてトラックに轢かれ、新たな異教科書へと転生しました。
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