目覚め

 中津新平太はデスクの上の四足歩行専用シューズ  の不思議な魅力に吸い寄せられていた。

シューズの甲にあたる皮の匂いを嗅いだ時、何か忘れていた記憶を思い出せそうな感覚があった。無意識に包装を剥がし、サイズの書かれたタグも外さず、手を、いや前足を挿入した。


「中津さんもう装着してるんですか!、、、あれ?中津さん?」


半笑いの谷町の表情はだんだんと怪訝になり、中津はゆっくりと四足歩行の体勢を整えた。そしてそのまま、無表情に近い真顔で軽快に四足歩行で飛び跳ね、軽やかに部屋を飛び出していった。


「どうなってんの?」

 まだ突然の四足歩行シューズに戸惑っている社内を見渡し、谷町はあっけにとられていた。


「谷町!挨拶回り行くぞ!」

声の向こうを見ると塚本が革命を装着しヒョッコヒョッコとドアの前に現れた。

「すぐ行きます!」

谷町は営業車の鍵を取り、四足歩行シューズは机に置きっぱなしにして会社を飛び出した。


「中津どこいったんだ?」

「いきなり出ていったんで、全くわかんないです。でも中津さん今日課長と回るって言ってました。」

「そっか。あいつ四足歩行めっちゃうまかったな!」


 谷町の運転する銀色の社用車のワゴンは、渋滞に巻き込まれずに新御堂筋を北に進んだ。車内では人間に戻った塚本に心の底から安心した。そして、先輩の中津があまりにも華麗に四足歩行をスタートした光景を思い出し、笑いが止まらなくなった。塚本もよくわからないが谷町に釣られて大笑いした。



〇 〇 〇 〇



「松本社長、失礼致します。サンプルシューズ全て配布完了いたしました。計画は順次良好に進んでおりますわ。」

「静香様!いえいえ、全て静香様のお陰でございますね。これで私もエターナルフォースに加えていただけそうですか?」

「シッ、、、!誰か来たわ。」


コン、コン、

「失礼しまーす。」

海老江理沙が書類を小脇に抱えて社長室に入る。四足歩行シューズは完全にグローブのようになっている。

「今日のレポート提出分です。残りは営業と企画の一部です。ニッポウくんアプリで自動送信されます。ご確認お願いします。」

「海老江くんありがとう!今日一日で何か気付いたことないかな?小さなことでも構わない。」

「んー書類を運ぶために工夫が必要ですね。背中に背負うとか、口に咥えるとか。」

「口に咥えるか!素晴らしいアイデアだ。やはり動物をモデルに考える方が自然で最適な形に近い気がするぞ。それも改善に加えて今週中に新しい案を持ってきてくれ。」

「分かりました。失礼しまーす。」



「全く素晴らしい社員ばっかりじゃないの。」

社長、松本広志の横で笑顔のまま無言だった梅田静香が口を開く。二人とも顔を見合わせて、密やかに、そして悪そうに笑っているのを、中津は窓の外から見ていた。4階建てのビルの外から。



続く

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