#6
背後を追っていた追跡者は、僕の方へ真っ直ぐに銃口を向けている。既にそれに慣れてしまった自分がいることを心の奥底で理解しながら、僕は覚悟を決めた。
視界に映る敵の手は震えている。関係ない。フルフェイスメット越しで表情を窺えなければ、躊躇なく殺れるはずだ。殺らなきゃ殺られる。だから……!
「ユガミ、あいつを……」
「……銃を下ろしなさい」
祈りは空を切る。当惑しながら銃を下ろす追跡者の背後から、見覚えのあるカソックコートが現れた。
「ですが、これは隊長からの命令で……」
「指揮系統は聖教会側にあります。セルジオを確保した以上、あの少年を傷つける必要はない。それとも、独断専行で異端尋問にかけられますか?」
「……教会の狗め」
丸眼鏡の気の弱そうな青年だと思っていたが、その視線は前に会った時より剣呑だ。ロイは特殊部隊を引き下げると、僕とユガミの表情を交互に眺める。警戒を崩さない僕たちを見て、ロイは薄く笑った。
「場所を変えましょうか。少し話したいこともあるので」
「……暗殺するつもりか?」
「私が神に仕えている限り、嘘を吐かない事を誓いましょう。それでも信じられないなら、この場から立ち去ればいい。どうしますか?」
不貞腐れるユガミに伺いを立て、僕はロイに従う。周囲の喧騒を掻き分け、向かった先は立体駐車場だ。排ガスと鉄の匂いが充満する無機質な区画で、彼は静かに口を開いた。
「セルジオが捕まりました。聖教会本部の地下懺悔室で勾留をしていますが、あの男は余裕を崩さない。せっかく封じていた天使が逃走したのに、彼はまるでそれを予期していたかのようでした」
「……それは、僕も気になった。なんであの時に黙って逃したのか、今でもわからないんだ」
「尋問中に受け取ったメッセージがあります。ルークくんに宛てた音声のようです。検閲は、していません」
データチップ入りの端末を受け取る。遠くで退屈そうに膝を抱えるユガミを眺めながら、僕はそれを再生した。
『やぁ、ルークくん。実存体と共に逃げた頃かな? 彼女は半覚醒状態だ。人造天使の能力のうち半分が使えている状態だろう。そんな彼女が精神体と融合を果たし、完全に覚醒する事態が起こるかもしれない。君は、それを絶対に避ける』
「……何言ってんだ?」
『君は疑問に思うかもしれない。君が実存体を逃したのは、彼女の〈分かたれた半身と融合する〉という願いを叶えるためだ。それを君自身が避ける理由がどこにある?』
ユガミを見つめる。磔にされている時、意識の無い彼女は涙を流していた。それを見て僕が行動したのは、そこに自我を見出したからだ。
『精神体と実存体が融合すれば、彼女は完全な天使になる。神性を得るんだ。俗世から解放され、彼女が人間の身体を乗っ取って得た自我は消滅し、その存在はシステムに成る。君が“ユガミ”と呼ぶ少女の人格が消え、記憶さえも消え去るのを、君は良しとしない。ワタシには分かる。君が、ユガミを愛しているからね』
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