#5
フアロンモン駅周辺はコウロ地区の目抜き通りで、観光地化した一角がよく目立っている。それでも少し路地を抜ければ、僕がよく知っているストリートの景色が漏れ出てくるものだ。
「ハッシシ! ハシーシ!!」
「黙れ、御前だぞ!」
全身から特有の香りを漂わせたカンナビス・カルトは高みに到達するための煙を吸いながら、『火炙り反対』のプラカードを掲げた
信仰多様性を謳っているこの街では、こういった衝突は日常茶飯事だ。大きな宗教組織にはモラルや教義があるが、個人信教には存在しない。路地裏の奥ではフィメール実存主義者とメール実存主義者の論争、その奥では人類原理主義者たちによる辻サイバネ破壊行為!
「……くだらないな」
「そうかな? 他人の信仰を認めないほど何かを信じられる人間は、幸せだと思うよ」
「それは……そうかもしれないけど……」
盲目的に何かを信じられる人間は幸せだ。それは人間の心に建てられた聖域で、安全地帯なのだから。
僕を捨てた家族と先に死んだ兄貴分が脳裏に浮かぶ。人間を信仰の依代にして裏切られるなら、不変なものを信仰すればいい。皆が同じモノを信仰すれば、こんなくだらない衝突など起きないのに。
「……ユガミが神様ならよかったのに」
口に出した瞬間に理解する。あの暗殺教団とセルジオがやろうとしたのはこういう事なのかもしれない。聖教会やシンリエがユガミを必要としている理由も、思想の統一なのか?
「違うよ、ルーくん。あいつらはあたしを利用して自分の神を信じさせたいだけなんだ。信仰対象は“ユガミ”じゃない。あたしの人格は、きっと不要なんだよ」
「心を読むなよ……」
「キミが望むなら、あたしはそれに応えましょう。神さまは信じる人が居ないとダメなんだ。キミの信仰に、あたしは依存してるんだよね」
ユガミは薄く笑うと、芝居がかった所作で指を鳴らす。喧騒が静まり、周囲から音が消えた。世界はヴェールの外で、僕たちはその中で2人きりだ。
「あたしが捕まってから、ルーくんの表情が硬いのが気になってさぁ。無理してでもあたしを守ろうとしてる。信じてくれる人を気負わせてしまうのは、神さま失格だ」
「……嫌だった。あの時にユガミを信じることができなくて、君の覚醒を止めてしまった。怖くて、足が竦んで、手を繋いでいられなかった。あんな思いはもうしたくないんだよ。だから、何に変えてでも君を守ろうとした」
「知ってるよ、全部。それでも、あたしを信じてくれなきゃ! ルーくんが信じてくれないと、あたしは何もできないんだよ」
ユガミの背後に
「……待って」
一瞬の恍惚が判断を狂わせる。彼女の光輪が急速に光を失い、凪のヴェールが消え去っていく。ユガミが見つめる視線の先には、例の特殊部隊が武器を構えている。
「ルーくん、選んで。逃げるか、殺すか」
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