#3

「整理しよう。これまでの話と、これから何をするかを」


 廃ビルの一室、割れた床材に座り込み、僕はまとめ買いした菓子パンを口の中に詰め込むように食べる。逃走と思考で疲弊した脳に必要な糖分とエネルギーを貪るように摂取しながら、隣でメロンパンを黙々と頬張るユガミを眺めていた。


「ごめん、食べてからの方がいいか」

「んー? ひひほ、へふひ」

「そんなに好きだっけ、メロンパン……」

「……それがさぁ、逆なんだよね。何食べても味がしないんだよ。気持ち的にお腹は空くんだけど、身体は欲してない。まぁ、所詮は人間の真似事だからね」

「……じゃあ、何でそんな美味しそうに食べるんだよ」

「ルーくんが買ってきてくれたから。こうやって、ルーくんの隣で食べてるから!」


 小さく笑うユガミから目を逸らし、僕は状況整理を始める。彼女の目的は、“天使の幽霊”と呼ばれる巨大な精神体と融合し、完全に覚醒することだ。それによってユガミは完全な信仰対象となり、この街の信仰は統一される。それを嫌う既存宗教の連中が、ユガミを管理しようと狙っているのだ。

 僕が祈れば、ユガミは因果律を操作してその願いを叶える。天使に覚醒した今の状態だと、より大きな規模の因果を歪ませることもできるようだ。ただ、それには肉体的な負荷がかかる。今の状態で「天使の幽霊と会う」などと祈ることはできなそうだ。そもそも、彼女が願いを叶えられるのは信者ビリーバーが真に祈った時のみのようで、今回のような瞬間移動は僕が本格的に命の危機を感じたからだ。ユガミの願いのために、僕は真に祈ることができるだろうか?

 僕がユガミに協力するのは、ある種の信仰だ。彼女の願いを叶えることができれば、僕にも生きる理由が見つかるのだろうか。ユガミの背中を追えば、矮小な生に意味を持てるように思えた。もう彼女を裏切らない、そう心に決めたのだ。


「とりあえず、徒歩か地下鉄で目的地まで向かおう。金は……まぁ、僕が何とかする」

「祈ればいいじゃん。お金なら、私がいくらでも……」

「それだと意味がないんだよッ! 君が能力を使うのにも体力を使うなら、どうでもいい願いで因果律を消費するのは良くない。だから、ここは僕に頼ってくれ」


 ストリート暮らしが長ければ、金を稼ぐ方法は自然と身についている。問題は例の連合教団が追ってくることだ。同じ寝床に留まるのは、長くても2日。どんな時でも逃げられる手順を構築しておく。

 そんな俺の様子を眺めていたユガミは、退屈そうに唇を尖らせる。「追っ手なんか全員殺せるのに」という彼女の意見は笑いながらスルーした。


「目的地以外に1個だけ行きたいところがあるんだよ。じゃあ、そこだけ行っていい?」

「……何のために?」

「君とのデートと、最期の思い出作りのために!」

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