#2
「隊長、子供です。我々の教義に即しても、子供を撃つのはカルマ値が……」
「構わん、治安維持だ。任務達成によってカルマ値は精算される」
銃口が再び僕たちの方を向く。視界に広がる数名の歩兵に取り囲まれ、僕は歯を食いしばった。
このままでは殺される。「暗殺教団とは無関係だ」と言い張って保護されることを狙おうにも、ユガミを背後に隠している。奴らがユガミをすぐに殺すとは思えないが、それでもバレる訳にはいかない。だが、下手に動くのも愚策だ。考えろ、考えろ。
「殺しちゃおうよ、全員!」
小さく囁くユガミの声は、きっと僕しか聞こえていない。僕は黙ったまま考える。そうすれば簡単に脱出できるのだろうか?
ユガミと初めて会った日、彼女は追っ手のヤクザを躊躇なく殺した。僕がそれを願ったからだ。因果を歪め、ヒトの生命さえ弄る。それが能力をセーブしている状態なら、覚醒した今はどうなる? この場を囲む特殊部隊を鏖殺し、安全に脱出することができるのだろうか。
だが、それは同時に「彼女を道具として利用すること」になる。都合のいい願望器として彼女を利用し、覚醒に伴って安定しない状態のユガミに負担をかけるかもしれない。僕が望むのは、そんなことか?
「ルーくん、祈ってよ。あたしは願いを叶えるために存在してるんだから」
敵は引き金に指を掛ける。ここで立ち往生していても、クーガーが追ってくる。道を確保するために、決断するタイミングだ。
「……祈らせてくれ、ユガミ。たった一つ、シンプルな願いだ」
言葉には出さない、静かな祈り。ユガミはそれを拾い上げ、クスクスと笑う。
「その願い、受け取りました!」
視界が歪む。その瞬間、僕とユガミはその場にいて、その場にいなかった。それは無数の世界から可能性を拾い上げるような、強烈な力で魂を引き裂かれて再び元に戻るような、そんな感覚だ。眩む視界の後に映るのは、見知った広告ホログラムに塗れた空だ。
「……ここに飛んだ、か」
僕が祈った内容は単純だ。イメージした場所への瞬間移動。それは自分の行ったことのある場所の中でも最もアジトから遠い、兄貴が死んだ例の屋上だ。
「脱出完了だ、ユガミ!」
「そう、だね……」
背後の光輪が消え、ユガミはその場に倒れ込む。息は荒く、眼に精気がない。因果律の操作が、確実に彼女を蝕んでいるように思えた。
「ごめん、ユガミ。無理させた……」
「全員殺すほうが楽だったんだけどなぁ……。ルーくんは……甘いねぇ……」
脱力するユガミを抱え、考える。彼女の目的が天使との融合なら、そこまでの物理的な道程は振り出しに戻ってしまった。例の能力でもう一度移動するのはユガミに酷だ。そのためには、自力での移動が不可欠なのかもしれない。
「ルーくん、お腹すいた」
「……何か買ってくるから、身を隠しとけよ」
落ちゆく夕陽が届ける不穏な空気に、僕は小さく身震いをした。
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