#13

 殴りかかる老龍の拳は、震えていた。怒りに任せながら、かつ迷いのある一撃だ。ふらつく俺の頭でも、対処するのは容易い。迎撃のボディブローが散弾めいて胸を打ち、老龍はオイル混じりの胃液を吐く!


「結局お前も俺と同類なんだよ、老龍。無信仰者エイシストは、この街では異邦人だ」

「同類……? 一緒にするな、貴様と俺を……」


 茫然と立ち尽くす老龍の顔から、フルフェイスメットが外れていく。長い髪が露わになり、風を浴びてふわりと舞う。


「同類なら……同類ならッ! なぜ貴様だけ認められたんだ。シンリエに、裏社会に。他の人間にッ!!」


 肘撃、発勁、トラースキック。鳩尾を的確に狙う必殺の一撃を両腕で防ぎ、俺はバック転で距離を取る。腕の痺れは攻撃の苛烈さを物語り、再度受け止めることの困難さを身体に伝える。

 その一瞬の逡巡が、致命だ。音を置き去りにするように接近した老龍が、ガードの隙をついて掌打を叩き込む! 数歩後退、背後には鉄柵!


「強さか? それとも、精神力か? 絆されたロートルを上回る力を持っているのは俺だ。執念深く獲物を追うのは俺だッ! なのに、なのに……“無信仰者”はいつだって認められない!!」


 鉄柵を砕くような踵落としを肩に被弾しながら、俺は老龍の過去に思いを馳せる。

 事前に得た情報によれば、奴もかつてはコウロ地区に住む移民の家系だったという。人種を問わず「何かを信仰する」ことに重きを置くこの街において、無信仰者はそれだけで肩身が狭い。それは家を出てストリートで暮らし始めても変わらなかったはずだ。


「俺は信じようとした。異文化を受け入れようとした。新しい宗教なら、理解できるかもしれない。そう思った」


 入信した教団は、老龍には居心地がいいとは言えない環境だった。衆生救済をモットーとしている父祖が差し出す阿片アヘンを味わいながら、なんとか心を殺す方法を考えたのだという。


「父祖の教えも、教団の理想も、俺には理解できなかった。それでも、俺は自分を殺そうとした。あの人が衆生の人々を憂う気持ちは本物なのだから、信仰はできなくても支えることはできる。そう思ったんだ」


 鉄柵にもたれかかる俺の頭を踏みつけ、老龍は言葉を継ぐ。

 彼はそのまま暗殺教団のエースとなり、教団に都合の悪い存在の排除を行うようになった。裏社会での知名度も上がり始めた時、老龍はとある存在から目を離せなかった。無信仰者を名乗り、聖職者を殺し続ける男。


「それが貴様だ、クーガー。49人殺しの逸話を見て、俺は心震えた。無信仰者が、現世利益を得るために人を殺している。信仰を得なくても、人は生きていられるんだ。そう思った」

「……ファンか?」

「元ファンだ。今回のミッションでセルジオを誘拐する時に貴様と出会った時、俺はひどく幻滅した」


 老龍は静かに呟くと、俺の頭にギロチンめいた蹴りを浴びせんとする。


「人生を楽しめよ、クーガー。貴様が暗い顔をすると、無信仰者が不完全な存在だと暗に認めることになるッ! 何かを信仰しなくても人は生きられる。それを俺の前で証明して死んでくれ……ッ!」


 無慈悲な断頭の蹴りが、静かに炸裂した。

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