#12
その場に立つ影は幽鬼じみて生気がなく、砕けたメットから覗く瞳だけが煌々と輝いている。首筋に彫られた龍が彩りを増し、人体に埋め込まれたメタルクロームはスパークしながらカタチを保っている。
老龍は、執念だけでその場に立っていた。腹に空いた穴は背後の風景を映し、時折歪んだ像を見せる。それでもそこに立ち続ける理由が、俺には分からない。
「しつけぇよ、老龍。アンタが信奉してた父祖とかいう奴はとっくに確保してる。これ以上戦う理由があるか?」
「……该死」
吐き捨てるように呟くと、老龍は俺に向かって真っ直ぐに突っ込んでくる! 既に青龍刀は折れ、自らの拳が唯一の武器だ。打撃が通る距離まで肉薄すると、緩やかな動きの体重移動とともに掌打を見舞う。俺の臓腑を貫く衝撃の正体は、発勁だ。パイルバンカーめいた重みの一撃が、俺の背骨を揺らす!
「ラオ、ここで暴れるのはやめろ。研究物に傷が付く」
「……黙れ。父祖がいない今、お前に従う理由はない」
「ハハッ、そっちがキミの真の姿か。いいだろう、戦いやすい環境を用意してあげよう」
巨大培養槽が轟音とともに沈み、円形床が下降する。床に転がる俺と立ち尽くす老龍は、揃って階下に降り立った。
そこは円形の空間で、簡素なリングが設置されている。観客の居ないコロッセオだ。本来なら研究物を戦わせる目的なのか、床には培養液をぶち撒けたような跡が見える。
「どちらかのバイタルサインが異常値を叩き出せば、再び床は上昇する。ここで決着をつけるといい」
老龍の感情に興味がないのか、セルジオは冷淡に言い放つと、上階で待機するロイとルークに研究室を案内する。
ロイの小型カメラとマイクはまだ生きているはずだ。俺は這いつくばりながら、目線を上階に向けて合図を送る。微かに頷くロイの様子を確認すると、俺はゆっくりと起き上がりながら老龍に向かい合う。
「ここで終わらせようぜ、ラオ」
「その名で呼ぶな。お前が居なければ、俺は……ッ!!」
構えたマグナムの弾丸を寸前回避し、老龍は緩慢な動きから重い一撃を見舞う! 背中からタックルを行うその構えは、間違いなく鉄山靠だ! 銃が吹き飛ばされ、俺は殺戮特急めいた一撃をまともに喰らう!
骨が軋む。食いしばった歯から息が洩れ、俺は何度かたたらを踏んだ。
それは今までの正確無比な暗殺術と異なる、力のこもった一撃だ。俺が倒れそうになるたび執拗に顔面を狙い、俺が寸前で回避するのを憎々しげに睨みつける老龍の表情は、怒りに満ちている。
「恨みを買う筋合いはあるが、多すぎると懺悔する気にもならねぇな。一応聞いておくが、どれだ?」
「……黙れ」
「あの日ホテルでアンタの同胞を迎え撃ったことか? エンリコ襲撃時にアンタの肩を撃ったことか? それとも、父祖を確保したことか?」
「黙れ、黙れ黙れッ!」
どれも違う。俺は直感的に判断する。この怒りはもっと単純で、プリミティブだ。
その瞬間、切れかけた脳内麻薬で朦朧とする頭が連想した仮説は、突拍子もないものだ。だが、これなら彼がガスマスク以外の衣装を付けている理由も説明できる。
「アンタ、落伍者だろ。“信仰”で他の信者と繋がっているように見せてるが、実際は誰も信用していない。辛うじて組織の中枢にいるが、暗殺教団の教えに時折困惑していると思う。つまり、お前は……」
「黙れーーッ!!」
「お前は教団ではなく、父祖への忠義で動いていた。そこを失われて何をしていいのかわからないんだよ。そうだろ、
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