#11

 入り組んだ地下道を抜ければ、広々とした空間に躍り出る。建設途中で棄てられた廃ステーションだ。かつてはコウロ地区と他の地域を結ぶ地下鉄メトロのターミナルとして企図された場所だが、今はストリートギャングが自らの縄張りであると示すタギングやグラフィティが消されていない。主要スポンサーであるシンリエが「この場所から修験道へ続く路線の方角が鬼門である」と言い、資金提供を取りやめたのだ。

 〈鉄火40〉と描かれたレトリック文字を見つめながら、ルークは小さく溜め息を吐く。事情を尋ねるまでもなく、彼は自ら口を開いた。


「僕の居場所だったチームだ。親に棄てられ、頼るものがなかった連中が身を寄せ合って生活をしていた。……僕が潰したようなものだよ」


 コウロ地区は貧富の差が激しい地域だ。諸外国からの移民がもたらした文化によって独立国めいた雰囲気だが、コーポ群が寄り付かない事による景気の悪さも抱えている。ストリートギャングが生まれやすい土壌なのも納得できる、そんな土地だ。


「ユガミはヤクザが囲ってる女だった。いや、厳密には天使なんだが。彼女の元の体はそれで、自我を得たユガミはそこから逃げた。協力した俺は、鉄火のメンバーにも迷惑をかけてしまった。……何人も傷ついた」

「そこで老龍と接触したのか?」

「まぁな。老龍は強くて、ユガミを狙うヤクザを全員殺した。僕は、何もできなかった」


 ルークは頭を垂れ、哀しげに笑う。


「意味を持たずに死にたくないんだよ。僕はユガミの頼みを聞いて、命を賭けると約束した。それなのに、自分の命惜しさに足を止めてしまった。虚無に怯えて、生き残ってしまった。約束を破ったんだ。だから、次はユガミに嘘を吐きたくない」


 気付けば、俺も何度か頷いていた。

 俺は無信仰ゆえに人生に迷い、現世利益に縋ることで“納得”を求めた。ロイは父親への憧れから聖教会に入り、父親の信教の変遷と死に関する“理由”を求めている。ルークは、きっと信仰対象と自らの行く先に“意味”を求めているのだ。

 案内するかのように俺たちの前を歩くルークに向かい、ロイが無言で祈りを捧げる。迷える青年神父なりの責任の取り方なのだろう。俺も倣って同じポーズを取ろうとしたが、やめた。こういったことを本気でできるのは、俺のような悪人ではなくロイのような善人だ。


「着いたよ、ここだ」


 ルークが案内した場所は、地下トンネルの中途地点にある重い扉がある空間だ。非常口を示す緑のランプは照明が切れかかっているが、ルークは躊躇なくその扉を叩く。4回、1回、2回。電子干渉を防止するためのアナログ施錠が解除され、ゆっくりと扉が開く。


「本当に開くんだ、ここ」

「来たことはなかったのか?」

「一応、セルジオに場所と扉の開け方だけ教えられてはいた。入るのは、初めてだ」


 奥の狭い空間に入れば、轟音と共に重力を感じる。エレベーターは下降するのではなく、地上に向かって上昇している。廃棄区画に建てられたビルを再利用したのか、時折揺れながら目的地に辿り着いた。


 そこは白磁のタイルに覆われた、研究機材や培養槽が所狭しと並ぶ空間だ。泡立つ培養液と浮かぶ肉塊、胎児めいた何か。それらが無尽蔵に並び、陳列されている。エンリコで見たプラント内の風景とよく似ていた。

 少し進めば、吹き抜け構造の広間にたどり着く。そこには人体を沈められるほど巨大な水槽が鎮座し、その周囲を囲むように螺旋階段と円形ロフトめいた足場が設置されている。セルジオは、上階の壁に埋め込まれた本棚から研究資料を引き出している最中だった。


「おっと! ルークくん、と……君たちか。この様子だと、父祖は捕まったのかい?」

「……俺たちが来たからには、アンタも捕まるんだよ」


 セルジオは研究資料を片手に、暫し黙考する。数秒の沈黙の後、例の爽やかな笑顔であっけらかんと宣言した。


「ワタシは暗殺教団に誘拐されていた。聖教会はそれを奪還しにきた。そういうことだろう? 上層部はワタシの存在をまだ必要としているはずだ」

「めでたいな、アンタは。やっていることは立派な裏切りだぞ?」

「ハハッ、それもそうだ。それでは、次はシンリエに売り込みに行こうか……」


 同時に前に出たルークとロイが、揃ってセルジオを睨みつける。


「父が何故あなたの計画に乗ったのか、教えてください」

「ユガミは何処にいる? 案内しろ」

「ワタシの身体はひとつしかないんだ。……着いてきなさい。すべてを教えてあげよう。化学者は、自己顕示欲が高い人種なんだ」


 2人は顔を見合わせ、それが罠でないことを判断する。俺とロイは目配せを交わすと、彼は承諾のポーズを取る。2人に続いて着いていこうとした俺を邪魔したのは、背後からの視線だ。


「おっと、クーガー君。君に関しては時間切れのようだ。老龍が、すぐそばに居るからね!」

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