#10

「……僕の名前はロイ、聖教会に勤めている者です。組織を裏切ったセルジオから話を聞き出すために来ました」

「あんたがクーガーじゃないのか!? ……すまん」


 ガスマスクを外した青年は、自らをルークと名乗る。暗殺教団の信者ではなく、“ユガミ”という名の少女の行方を探してここで潜入を続けているらしい。

 普段は眼鏡を掛けているようだ。ガスマスクで顔全体を覆う際に外しているためか、裸眼だと眉根を寄せてロイと向かい合っている。荒波に揉まれてきたかのような視線の険しさは、ロイとは真逆だ。


「ユガミは、凄いやつだ。まるで奇跡でも起こすみたいに物理法則なんか無視して、僕が一度信じれば人を超えた力で動く。セルジオは、それは彼女が人間じゃないからだって言ってたんだ。実存体? とか言って……」

「実存体……?」


 話しながら、ロイは俺に目配せをする。間違いない。俺たちが求めているのは、きっとそれだ。

 本来なら不可殺の人造天使を事故で俺が殺したことで、その存在は二つに分かたれたという。俺が最初に目撃した巨大な霊の正体は思念体であり、哭き声で人の精神を操作する。

 実存体は、人間の身体に人造天使の自我を持つ。彼が言うことが本当なら、実存体自身が持つ能力の正体は……。


「因果率を操作することにより擬似的な奇跡を生み出す、そういうことですよね?」

「因果律……。うん、老龍も似たことを言ってた」


 改めて、再臨で片割れ同士が重なりひとつになることを想像する。精神干渉と因果律操作を利用すれば、この国すべての人が同じ存在を信仰することだってできる。そう考えると、この存在が誰かの手に渡るのは避けなければならない。

 無信仰者エイシストの俺でさえ「何かを信仰すれば楽になる」と思ってしまった。世界が一色に染まってしまうような存在は、人間には早すぎる。


「だったら、俺が止めないといけない。セルジオを捕まえて、君の言う〈ユガミ〉を取り戻す必要があるな」


 物陰から顔を出しながら、俺はその少年にゆっくりと近付く。安心させるために武器はその場に置いてきた。


「お前が……クーガー……?」

「今ここで俺を刺すか? そうなると、彼女はセルジオが独占したままだぞ?」

「お前は他の宗教のやつらが雇った殺し屋なんだろ!? ここを潰して、ユガミを利用する。そういうつもりなんだって……セルジオが……」

「そのつもりだった。俺はシンリエに事態の収拾を頼まれ、そこにいるロイは聖教会の異端尋問官だ。立ち位置だけ見たら、そう思うのも無理はない」

「じゃあ、なんで……」

「俺は無信仰者エイシストで、こいつは聖教会の上層部に疑いを持ってる。俺たちは俺たちの意志でセルジオを追ってるんだ。もし彼女が囚われているなら、奪還に協力したい。話を聞く限り、その存在が他の組織に渡るのは、確かに望ましくないのでね」


 彼に言わなかったことがある。ユガミ——実存体の奪還後の処遇を、俺はまだ決めていない。シンリエは「実存体を殺せ」と言ったが、セルジオを尋問すれば巨大な思念体の方を殺す方法を聞き出せるかもしれない。彼女を殺す判断はその後でいい。


「潜入している期間が長い分、君の方がセルジオの研究室について詳しいはずだ。……君、名前は?」

「ルーク。まだアンタらを信用したわけじゃないけど、このまま待ち続けていい事があるとも思えないし。……協力するよ」


 顔を明るくさせるロイを見ながら、2人の若者は対極だと思う。ルークの眼には、俺によく似た渇望が隠しきれていない。

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