#4

『……人は老いるものだ。若い頃の私は今よりも行動的で、理想に燃えていた。あの頃は民衆たちが苦しみ、疲弊していた。導きたかった。救いたかった。生きる上での痛みや苦しみから、解放してやりたかった』


 “父祖”と呼ばれる老人は、ロイの提案に応えない。目を瞑り、過去を思い返すように言葉を呟き続ける。父祖が何かを話すたび、遠くで聞いていた信徒たちが手を叩いて涙を流す。


『アヘンの存在は、人間が自我の鎧を脱ぐための触媒だ。子どもたちが父親の言葉に従うように、何も考えない幸福に浸ることができる。より大きな存在に身を委ねる快楽を、君たちなら知っているはずだ』

『申し訳ありませんが、私たちは宗教問答をしにきたわけでは……』

『話を最後まで聞きなさい。……私は家族を救いたかった。そのために、最初は神の真似事をしたのだよ。今にして思えば愚かだった。定命の生命体が、生きとし生けるもの全ての幸福を担保できるわけがない!』


 父祖は軽く手を叩いた。緞帳どんちょうの奥から現れた信徒が、人型の何かを連れてくる。小型カメラ越しだと不鮮明だが、その姿には見覚えがあった。セルジオが作り出したホムンクルスの一体だ。


『やはり、偶像が必要だ。私の声を世界中の“子どもたち”に届けるための、不死身のアイコンが必要なのだよ。それを用意するために、私は金を惜しまない』


 父祖が玉座から立ち上がり、震える手でホムンクルスに触れる。老いさらばえた男は薄く笑うと、懐から小型拳銃を取り出す。


『もちろん、自らの命も惜しまないさ』


 トーチが止める暇もなかった。父祖を繋ぎ止める生命維持装置のチューブが外され、放った弾丸が老人の顳顬こめかみを貫く。数度の痙攣の後、父祖は血溜まりに染まったカーペットに崩れ落ちる。

 ロイも、トーチも、その様子を遠くから見ていた俺たちでさえ言葉を失う。その最中で、暗殺教団の信徒たちは一様に拍手を繰り返していた。


『ハハッ、ハハハハ……。完璧だ、全くもって完璧だよセルジオくん!』


 ホムンクルスが瞼を開き、眼光を明滅させる。起動した“それ”は口を開き、自らの足で立ち上がった。


『不死の身体だ、これが! 永遠の若さを持つ、不老不可殺の生命! セルジオ……セルジオ! 君は天才だッ!』

『……えぇ、完璧です!』


 再び玉座に座るホムンクルス——新たな肉体を得た父祖に呼応するように、爽やかな笑みを絶やさない研究者が隣でかしずく。

 突如現れた標的——セルジオ・ビットに真っ先に反応したトーチは、機械腕のシリンダーを駆動させた。圧縮された蒸気が放出され、弾丸のような推進力と膂力を生み出す!


『俺は赦さない、貴公らの横暴を!』


 稲妻めいた威力で放たれる直線軌道の一撃は、戦闘経験のない常人であれば一瞬で命を絶やすほどの衝撃だ。トーチは傭兵としての依頼内容より、聖職者としてこれ以上事態を放置することを拒んだのだろう。力任せの一撃は、俺が止める暇もなく放たれていた。

 父祖が右手を挙げる。セルジオがいるはずの軌道に信徒の1人が駆け込み、肉の盾になった。先程まで生命があった場所は血痕がマーブル模様を刻み、肉片は吹き飛ばされて壁のシミと化す。


『……我々はセルジオの引き渡しを拒否する。交渉決裂だな、客人』


 父祖の宣言に呼応するように、無数の信徒がロイとトーチの周囲を取り囲む。俺はすぐさま兵士に指示を出し、地下に続くエレベーターに駆ける!


「あの馬鹿ッ」


 全面戦争の火蓋が切られる。俺たちは、無事でいる道を断たれつつあった。

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