#3

 目標地点はコウロ地区の廃ビル内。宗教施設と呼ぶには些か簡素な外装はカモフラージュの役割を果たしているというが、実際に向かうとそこはあまりにも貧相だった。ネオン管の切れた光が放つ歪んだ極彩色が怪しげに建物を彩り、苔むした鉄筋コンクリートは亡骸めいている。


「俺たちだ、斥候は」


 最初に突入するのはトーチとロイだ。兵士を伴うことなく、2者で敵の本拠地に向かう。それぞれがシンリエと聖教会からの親書を持ち、教団の代表者に謁見する。コウロ地区外の信仰活動の黙認と引き換えに、セルジオの引き渡しを要求する作戦だ。

 連合サイドは穏便な解決を願っている——。あくまでもそういったスタンスだ。だが、交渉が決裂すれば、衝突もやぶさかではない。徹底抗戦のための武器をメンテナンスしながら、俺はその後のヴィジョンを思い浮かべる。


 そもそも、この暗殺教団〈蝾〉ロンのルーツは大陸系のマフィアだ。アヘン栽培で利益を得ていた組織の下っ端が、ある日の農作業中に天啓を得た。神の奇跡を体現し、自らが神とされる存在になるため男は修行を続け、研鑽の果てに奇跡と呼ばれる物を身につけたという。

 他者の苦しみを奇跡で楽にしていく男は、やがて周囲から“父祖”と呼ばれた。その頃には元いた組織は相次ぐ抗争と内ゲバで壊滅し、父祖は残党を“家族”にしていったという。

 暗殺教団の本質は、父祖を中心とした巨大な疑似家族だ。アヘンで正常な判断力を奪われた“子どもたち”は父祖の傀儡になり、殺人に対する躊躇がなくなる。互いを殺し合う修行の後、選別と共に個を徹底的に否定されるのだ。彼らがカルトと呼ばれる所以だ。


「では、行ってきます。なるべくなら僕たちだけで解決しますように……」


 ロイとトーチの胸元には、小型カメラとマイクが仕込んである。何かトラブルがあった際にすぐに対応できるようにするためだ。緊張した面持ちで本拠地に足を踏み入れるロイの背中を眺め、俺は小型モニタを展開する。

 2人は地下に続くエレベーターに乗り込み、臨戦態勢を解除する。相手からの警戒心を防ぐためだ。こういった時に聖職者は強い。心を凪にして、作戦に殉ずることができる。

 一方のエルドラは、自らが輝ける場で活躍する心算のようだ。俺たちとは別行動で、気付けば姿を消していた。敵のスパイかと警戒したが、すぐに考えを改める。聖職者であることにプライドを持っているエルドラのような男が、わざわざ組織を裏切って自らの地位を危ぶむことはしないだろう。奴は、この作戦を十字軍クルセイドだと思っている節がある。


 電子扉が開き、2人をガスマスク姿の信徒たちが出迎える。どこか剣呑な雰囲気を隠さないが、その動きは統率が取れていた。


『父祖殿に面会をさせていただきたく、参りました。通してください!』


 高らかに宣言するロイと、それに合わせて頷くトーチ。海を割るかのように信徒が道を開けていく様子を見ながら、俺は本拠地の攻略ルートを頭に叩き込んでいた。

 壁際の放電灯に照らされる動物像はカメ、クジャク、トラ、ドラゴンを模している。大陸の聖獣がモチーフであるその像の目には、赤外線の光が宿っている。カメラ越しに見える光線は、侵入者を感知するブービートラップとして機能しているようだ。

 やがて辿り着いた大広間は、畳敷きの荘厳な部屋だ。緞帳どんちょう越しに見えるシルエットが静かに動き、手を挙げる。おそらく父祖と呼ばれる男だろう。幕が上がり、その姿が徐々に顕になる。


『よく来たね、異邦の方々』


 玉座めいた椅子に腰掛け、生命維持装置を繋がれた老人が、穏やかな様子でロイを見つめていた。その眼は穏やかで、同時にどこか虚無的だ。


『父祖殿、お会いできて光栄です。……まずはこちらをお受け取りください』


 ロイが首を垂れ、おずおずと親書を捧げる。父祖の側近がそれを受け取り、老人に手渡した。

 数十秒の沈黙。文に目を通し終えて老人がロイの方を向くのを見計らい、彼は口を開いた。


『単刀直入に言います。セルジオを、こちらに引き渡してください』

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