#2

 作戦開始はいつだって唐突だ。俺が病院を出てから数日後、ロイと共に集められたのはエンリコの広いホールだ。部隊は少数精鋭で、数十名の志願兵と数名の異端尋問官、傭兵で構成されている。


「……とりあえず、自己紹介からしましょうか」


 異端尋問官と傭兵は向かい合い、一言も発さない。最初に口を開いたロイの言葉が徐々にフェードアウトしていく中、最初に手を挙げたのは袈裟を着た禿頭の巨漢だ。


「いいか、俺からで? トーチ、トーチ・ホウだ、俺の名前は」


 トーチはサイバネ改造で巨大化した両腕を合わせ、一礼する。事前情報によると、彼は傭兵にしてシンリエの教えを遵守する敬虔な信徒だという。唯一破った戒律は、暴力による殺人。“破戒僧”トーチ・ホウの名は、裏社会で恐怖とともに轟いている。


「クーガー……クーガーか。知っているぞ、貴公の名は」

「あー、お互い素性の詮索は無しで頼む。それが俺たちのマナーだろ? なぁ、そこの仮面の人もわかってくれるよな?」


 49人殺しの逸話をロイに悟られるわけにいかず、俺は壁に背を預けて腕を組むヴェネチアンマスクの男に声をかける。紺のカソックコートにロザリオを着けていることから、聖教会側の人間であることは判断できる。白磁の仮面が表情を掴ませない、奇妙な存在感の男だ。


「卿と呼べ」

「……は?」

「エルドラ・マスカレイド・ラルバ。聖職者にして貴族! 下民共は、私のことを敬意を表して卿と……」

「エルドラね。よろしく」


 神速一閃。エルドラが投げたナイフを眼前で掴み、俺は溜め息を吐く。


「卿と呼べッ!」

「はいはい、エルドラ卿。よろしくお願い奉ります。下民が貴方様の声を拝聴できること、まことに恐悦の至りで……もういい?」


 満悦な様子で着座するエルドラを一瞥し、俺はロイに耳打ちした。


「なぁ。ペインマンといいアイツといい、聖教会の異端尋問官は変な奴しかいねぇの?」

「本来は内部監察的な部署ですから……。スタンドアローンな人たちが集まった結果、ああいうタイプの人も在籍してるんですよ」

「つくづくアンタが話通じるやつで良かったよ」


 互いに自分の世界を展開しあうトーチとエルドラを眺めながら、俺たちはこれまで集めたセルジオの情報を提供する。会議室の端で、スフィンクス種の猫が鳴いた。


「ごめんね、パトリシア。終わったらおやつあげるから静かにしててね」

「……パトリシア?」

「あっ、はい。セルジオが造った可塑性ネコです。聖教会の教えとして神が造っていない生命は許されるものではないのですが、既にこの世に生を受けた命に罪はありません。セルジオがいない間お腹を空かせているのも可哀想ですし、僕が引き取って世話をしようかと。なぜか懐かれてしまいましたし……」


 パトリシアと呼ばれた猫はロイのくるぶしに首を擦り付けると、床材の上で水のように液状化した。安心するとそうなるようだ。仕方ない、と言いたげな表情のロイが靴で軽く床を叩く。


「それでは、作戦会議を始めましょう」

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