#5

「お前、何やってんだよ……!?」

「……すいません、リーダー」

「いいか、お前は獄門會に宣戦布告したってことだぞッ!?」


 〈鉄火40〉のリーダーは組織内で最年長だが、組織外の人間からすればまだ若者の範囲だろう。親に捨てられた子どもたちで構成されたストリートギャングの何代目かのリーダーは、それなりに頭の切れる男だった。


「慣例に従えば、追放ですよね。その、今までお世話に……」

「待て……少しだけ考える時間をくれ……」


 そう言ったきり、リーダーは頭上を指差して頭を抱える。非常階段を登ってハイウェイを散策するユガミを指しているのだろう。事情を話してアジトに連れ込んでから、彼女は変わらずハイウェイに居続けている。


「あのな、ルーク。ああいうタイプの女には気をつけろよ。お前の人生をぶっ壊して、再起不能にしかねないんだから……」

「ご忠告ありがとうございます。でも、僕は大丈夫ですよ……」


 頭はまだ冷静だ。僕は一礼をすると、ユガミを追って非常階段を登る。憂鬱な曇り空に温い風が吹き、僕は小さく身震いをする。遠くに見える高層ビルは霧がかかり、シルエットだけでも威圧的だ。ユガミはその景色を、絵画でも眺めるようにじっくりと見つめていた。


「……正直、半信半疑なんだ。アンタの能力の凄さは理解したし、逃げる事情もわかる。でも、なんで僕を選んだ?」

「んー、その考えは傲慢じゃないかな? あたしがルーくんを望んだんじゃなくて、ルーくんがあたしを望んだんだよ」

「よくわからないな。第一、あの時の僕たちは初対面だろ?」

「ホントに? あたしに小さい頃の記憶はないけど、ルーくんのことは知ってたよ」


 ユガミはコンクリートでスニーカーのかかとを叩くと、大きく背伸びをした。


「それに、あたしは誰かに信じられてないと生きていけないんだよ。“びりーばー”ってやつ? 観測者がいないと存在できない現象があるように、あたしには君の存在が不可欠ってワケ!」

「他の奴にも言ってるんだろ?」

「それはご想像にお任せします! とにかく、あたしの目的に相乗りしてくれる人が必要だった。改めて、キミの意思を聞きたい」


 僕を見つめるユガミの瞳は綺麗な桜色だ。ヤクザを倒した時の赤い瞳は有無を言わせずOKしてしまいそうな気迫があるが、今の状態なら冷静な判断ができる。僕は腹話術めいた技で言質を取られないように口を塞ぎ、くぐもった声で答える。


「詳しく聞かせてくれ。アンタの目的と、今までやってきたことを!」


 ユガミは微笑むと、つま先立ちで背伸びをしたまま腕を動かし、特定の方向を指す。それは高層ビルの狭間、一見すると何も存在しない空間だ。


「目的は、あそこに行って、元いた場所へ還ること。それがあたしの命題だから」

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