#13

「毒で思考も鈍ったか? くだらない……」


 殴りかかった俺の腕を掴み、老龍は吐き捨てるように呟いた。逆手のナイフは既に手放し、お互いに徒手空拳である。

 俺は無言で踏み込み、組まれた腕に体重をかける。緩やかに後退した老龍の背が培養槽に当たった瞬間、俺は追撃のハイキックを見舞う!

 ガラスが砕け散り、漏れた培養液が老龍に降りかかる。奴は憎々しげに俺を振り解くと、濡れた床を疾駆する!


「……ロイ、起きろ」


 俺はソファ上で眠るロイを叩き起こすと、呆然とする彼に事の顛末を説明する。セルジオが人造天使の研究を行なっていること、突如現れた武装集団に誘拐されたこと。そして、恐らくこの誘拐が仕組まれたものであること。


「これは俺の推論だが、異端尋問官が探してた産業スパイの正体……セルジオだと思うんだ」

「それが本当なら、エンリコに大混乱が起きますよ!? セルジオ氏は会社の星なのに……」

「とにかく、調査内容を上層部に伝えてくれ。俺はあいつらを引き止める!」


 俺は培養液の跡を目で追い、走りだす。それは長い廊下を通り、階段を染め、エレベーターホールで止まる。


「……セキュリティを掻い潜って脱出するなら、上か」


 清掃員としてフロアマップを頭に入れた時、俺は屋上庭園にあるヘリポートと謎の直通エレベーターの存在を疑問に思っていた。もしそのエレベーターがここにあるなら、奴らは屋上庭園に逃げたのかもしれない。


    *    *    *


 屋上庭園からの景色はサン・ヴァルドの摩天楼を一瞥するもので、巨大な十字架が外界を見下ろすように鎮座する。ファミリア・コーポの聖域を象徴している、信仰の収束地だ。そこにある赤漆コーティングのヘリコプターは、間違いなく異質な来訪者である。

 ガスマスクの構成員に拘束されながら、セルジオが何かを叫んでいる。相手は、ヘリポートに立ち尽くす老龍だ。


「ふざけるな! あれほどワタシの研究には手を出すな、と言ったはずだ。契約を反故にする気か?」

「……申し訳ない」


 培養液で濡れた身体を見て怒りが再燃したのか、先ほどまでのにこやかな様子とは打って変わって猛り吠えるセルジオ。その様子を頭を下げながらやり過ごす老龍は、背後から襲い掛かる侵入者に対応する猶予を持たない!


 銃声。老龍の身体改造していない剥き出しの肩を貫く一撃と共に、俺は物陰から顔を出した。


「決着つけようぜ、クソガキ」

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