#12

 〈蝾〉ロンは数年前に頭角を表したカルト集団だ。教祖を神格化し、殺人によって現世のカルマを清算することが教義に盛り込まれているのが特徴であるらしい。噂によれば、信者は互いに殺し合うことで選別され、徹底的に個を否定されるという。統率力の取れた連携は、そこから生まれるのだろうか?

 だからこそ、その男は異質だった。流線型のフルフェイスメットに白い人民服を着た、長身の男だ。統一された刺客の衣装ではない、出会ったことのない奴だ。


「お前を知っているぞ、クーガー。朋友を……俺たちの同胞を殺した奴だ」

「あのガスマスク野郎の誰を殺したか、もう覚えてねぇよ」

「……俺の、老龍ラオロンの名を地獄まで覚えておけば、それでいい」


 老龍ラオロンと名乗った男は、逆手で持ったナイフを俺の首筋に突き立てんと動いた。予備動作は最小で、常人なら何が起きたかも分からずに失血死するだろう。

 だが、俺は違う。初撃を見切り、横薙ぎの切先を寸前で回避する。目標を失った刃に追随する腕を捻じると、懐に忍ばせた銃を構えた。引き金を引けなかったのは、腕に力が入らないからだ。


「……麻痺毒、か」


 先ほどの激痛は、上腕に切先が掠ったのが原因だ。痺れるような痛みが筋肉を苛み、俺は小さく呻いた。


山椒魚の毒が効いてきたか?」

「殺しの世界にフェアプレイなんて説くのは野暮か。やられたよ」


 潜ってきた数々の死線がフラッシュバックする。俺が今まで生きてこれたのは、弾丸に刻まれた刻印さえ見通す動体視力と2択を間違えない勘のおかげだ。それらが今となっては同一のものになり、視界に飛び込む光の輝きでその日生きられるかを判断できるようになった。

 今日はどうだ? 散々な1日だったが、光の道はまだ続いている。それが意味するのは。


「……俺を殺すにはまだ弱いな」


 追撃も苛烈だ。飛んでくる刺突の雨をなんとか避け、俺は声を張り上げる。


「ロイ!!!! さっさと起きろ、警備呼んでこい!!」


 起きなくてもいい。老龍の注意が移った数秒を稼げれば十分だ。奴がターゲットを入れ替えた瞬間を確認し、俺は靴紐で己の片腕を縛りあげる。即席の応急処置だ。

 たった2秒の時間が、ロイの生死を左右する。無抵抗な相手にナイフを振りかざす瞬間。獣が獲物に牙を突き立てる瞬間。

 俺は床に転がるアサルトライフルを拿捕し、老龍の背に弾丸を浴びせる! 銃口から迸る閃光と硝煙が部屋を包み込み、喧騒は収束していく。


「……マジかよ」


 老龍の着ていた人民服が爆ぜ、白い肌に刻まれた刺青が顕になる。赤や緑で彫られた龍が這う首筋を経て、滑らかな肌は脊髄に入ると別の色彩を見せる。

 サイバネティクスの技術が発達し、人体へのインプラントはより大掛かりなものになった。それでも、脊髄から神経系、皮下組織のすべてを鋼鉄に置換するような奴の存在など滅多に聞かない。


是这个程度吗この程度か?」


 老龍はゆっくりと振り向く。割れたメットの奥で、眼光が軌跡を作り出した。無感情に冷たい目をした、若い男だ。

 煩わしそうに割れた覆面を外すと、老龍は何度も首を振る。長い黒髪を三つ編みにしているのか、首を振るたびに蠍の尾のように揺れる髪が独特な雰囲気を醸し出している。


「どうやら殺す価値もないロートルらしいな。朋友は、こんな奴に……」

「こっちのセリフだ。他の奴よりマシくらいで、お前も所詮は烏合の衆の一人だろ?」

「……減らず口が」


 老龍は俺を睨み付けると、他の面子と合流するためか足早にその場から離れようとする。時間稼ぎを終えた、ということだろうか。


「待てよ。殺し屋がお互いに素顔晒して、はいそうですかで帰すわけねぇだろ?」

「クーガーは慎重な男だと聞いている。我が身大事さのために、無益な戦いはしないはずだが?」

「悪いが、俺はいつだって生きて帰る前提なんだ。正体を知ってる奴がいると今後のキャリアに関わるんだよッ!」


 俺はアサルトライフルを放り投げ、老龍に殴りかかった!

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