#8
「ペインマンさん、ロイさん。お疲れ様です。第4プラントに来られるのは随分久しぶりですね?」
「あぁ。セルジオ・ビット主任研究員に報告があってな。本人を呼んでくれ」
セキュリティゲートの外で、白衣を着た研究員は怪訝な様子で首を捻る。頭陀袋を被った俺の頭から爪先までを観察し、自然を装うように次の言葉を放つ。
「セルジオ主任は多忙な方ですので、伝言なら私が代わりにお伝えしますよ?」
背格好が似ているとはいえ、覆面状態だと不審に思われるのは当然だ。ロイが言うには、ペインマンは常に頭陀袋を被っていたらしい。死人をとやかく言うのは無粋だが、相当変な奴だったんだろう。
「それがなァ、これは重大なコンプライアンスに関わるインシデントなんだよ。関係者外秘、ってやつだ。そうだろ、ロイお坊ちゃん」
「えぇ。聖教会としても見過ごせない事態です。主任が戻られるまで研究室で待たせていただけると有り難いのですが、無理は言いません。ただ、一刻を争う事態ですので……」
研究員の表情が強張る。ファミリア・コーポにとって、支持母体である宗教組織の指示は何よりも優先されるのだ。セルジオが司祭であることも、話題の説得力を上げることに寄与している。
「承知しました。主任に連絡いたしますので、研究室でお待ちください」
ゲートが開き、消毒液の香りが鼻腔に届く。俺たちは姿勢を正しながら、第4プラント内部に侵入した。
「ペインマン、マジでずっと覆面だったんだな……」
「生きているうちに素顔を見ることはなかったですね……」
ロイたち異端尋問官が巡回していた理由は、俺が潜入する前から噂になっていた産業スパイの存在らしい。今回はその存在を利用することにした。でっち上げた産業スパイの死体を餌に、セルジオと対話を図る。あとは人造天使の秘密や不老不死研究などを問い詰めればいい。単純な流れだ。
無菌室めいた部屋には何らかの試薬や研究資料が並び、何人もの研究員が忙しなく室内を行き来する。そこで何の研究をしているか俺は知らないが、秘匿プロジェクトの研究が行われているのはここでは無いだろう。もっと地下にあるのか、あるいは別の場所か。
数十分の待機時間が数時間にも感じられる。沈黙を破ったのは、先ほどゲートにいた研究員の声だ。
「ペインマンさん、ロイさん。お待たせしました……」
「……アポは取れたか?」
「それが、その……」
「君たちか! ようこそ、ワタシの研究室へ!」
研究員の背後から現れた金髪碧眼の男の顔を、俺は知っている。機関誌に掲載されている撮影用のスマイルをそのまま貼り付けたような、嫌に陽気な男。サン・ヴァルドの若き天才科学者、セルジオ・ビットだ。
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